24/08/29 【感想】ボーンヤードは語らない
市川憂人『ボーンヤードは語らない』を読みました。
氏のデビュー作にはじまり出るたびにパワーアップしてきた傑作シリーズ、〈マリア&漣〉シリーズの第4作は短編集です。
2作目・3作目はここでも感想を書きました。
この短編集はシリーズの名物キャラクターたちの過去編や「はじまりの物語」という嬉しいファンサービスつき。
それだけではなく、もちろんミステリファン的にも嬉しい! さすが今の時代に真っ向から「トリックもの」をやって傑作を生んできた市川憂人、収録作4作はどれもちゃんとトリックがあります。嬉しいねえ…。
個人的ベストは唯一中編サイズの「レッドデビルは知らない」。気持ちよく決まっているトリック解明が意外な真相へとまっすぐ接続しているのみならず、本書に一本の背骨を通している秀作です。
あらすじの下はネタバレ感想。
ここからネタバレ
ボーンヤードは語らない
表題作ですが意外と小粒。
赤鉛筆は要らない
U国(多分アメリカ)を舞台としたシリーズの中にあってJ国(多分日本)が舞台、そして離れがあるような日本家屋の「お屋敷」で雪も降って、とにかく雰囲気が良い。この話は「私」こと河野先輩がずっと視点人物なのも、回想形式で語られ時間を経て手紙によって「私」が断罪されるのも、とにかく抜群の味。短編ミステリというパッケージングにおける良さに溢れた香り高い逸品です。
事件が起きるまでの、不穏で怪しい雰囲気だけがあるまま探偵役という異物を孕んだ空間の時間が進んで夜になるのがたまらなく良いんですよねえ。何が起きるかわからないまま読んでて楽しいミステリって大好き。
レッドデビルは知らない
セリーヌが良いキャラしてますねえ。そして『グラスバード』を読んだときにも感じたことですが、マリアは事件の目撃者としての適性がバツグンに高いですね。ちゃんと事件に振り回されることのできる、こういう直情径行タイプで探偵役って案外いないよなあ。
個人的に金田一耕助がこの「ちゃんと事件に振り回されて目撃者をやれる探偵役」だと思っていて、僕はこれが理由で金田一耕助が大好きです。ちゃんと走る探偵って好き。
本作は恐らくハズナの肌の色について叙述トリックを仕掛けていると思うのですが、この叙述トリックって本編のミステリ部分において何も隠蔽してませんよね。「誤認していただろう」と突きつけること自体が目的、つまり人種差別問題が取り上げられているこの作品にあって読者の先入観を論難する叙述トリックだと解釈しました。
スケープシープは笑わない
「幼児退行したので声も幼女になった」はだいぶ乱暴だな!
マリア&漣のはじまりの物語としても短編集の締めくくりとしても気の利いた、ファンサービスにあふれた一編です。短編集の嬉しさってこれよね!
リビング見取り図の1階部分には階段の陰になって電話機が書かれていません。最初の訪問時に階段の下に電話機があることはちゃんと書かれているのですが、見取り図に電話機のことが載っていても僕は絶対真相に気付けなかったと思うので書いてもらってもっと「やられた!」って思いたかったです。この見取り図は僕(読者)のことを買いかぶりすぎ。