22/03/01 【感想】儚い羊たちの祝宴
名短編集だとの噂は聞いていました。
名作長編ミステリと比べて名作短編ミステリって、どこかひそひそと、噂のような形で広まりますよね。長編はタイトルそのものが表紙や背表紙に書かれて本屋に並ぶのに対して短編はそうでないことが多いからかもしれません。賞の評価は本のタイトル単位で行われることがほとんどであるため短編のタイトル単位だと埋もれがちとかあるのかな。
この『儚い羊たちの祝宴』は「この短編はすごいぞ」と聞いたタイトルを調べてみて辿り着いた短編集です。
主に昭和期を舞台にしたと思われる作品が並ぶ本短編集は、短編ミステリの歴史における偉大な作品たちへのリスペクトにあふれた、一流の短編ミステリ作家・米澤穂信の高い技術を堪能できる作品集でした。
個人的ベストは僅差で「玉野五十鈴の誉れ」かなあ。
あらすじから下はネタバレ感想です。
ここからネタバレ
身内に不幸がありまして
米澤穂信は「技術の人」だな、と強く感じた一編。
腕力よりも器用さ、技術の引き出しと手数で勝負するタイプ。
ゲームとかでもタイプが分かれるじゃないですか、STRが高くて一撃が重いタイプとDEXが高くて手数で稼ぐタイプ。圧倒的に後者。
具体的には「特殊なロジックを通すときに腕力で通すか技術で通すか」というアプローチに見て取れます。
この話とか、それこそ夢野久作みたいな豪腕が書いてたら丹山吹子の述懐は書いてない可能性すらあると思うんですよ。村里夕日の手記形式で冒頭からいきなり書き始めて、夕日視点だけ書いて胸を張って叩きつけてきて読ませてしまう。これはまさに腕力のアプローチ。
一方この話を米澤穂信はとにかく手練手管の手数勝負で成立させてきます。
様々な実在する作家・作品のタイトルを並べて夢中遊行への恐怖の説得力を出したり、実は回収しきれていなくても最後に短編タイトルが出ることで短編として締まった感じを出したり。腕力だけで押し通ろうとすると難しそうなところにうまくバイパスをつけて繋げる技術が非常に高い。
作品のまとう「奇妙な味」のフレーバーとは裏腹に、器用さと誠実さのようなものを感じた一編でした。
北の館の罪人
うーん良い。これを「ロマンチック」と表現すると一般的でない感想になるかもしれませんが、色褪せて変色する絵画、そしてそれによる告発、という要素にはとてつもなく推理小説の「ロマン」を感じるんですよねえ。
そして結末を知ってから改めて見ると、タイトルは「北の館の罪人」。早太郎は罪を犯していないので、もちろんあまりのことなのでしょう。
誰の作によるものか質問されると困りの種になりそうな早太郎の絵を飾ることは本宅の人々のそれまでの行動とは矛盾する気がしないでもないのですが、そんなことよりもロマンを買いたい佳品です。
山荘秘聞
恥ずかしながら初読でちゃんと意図が読み取れませんでした。最後の一行を後から読み返してやっと洒落に気づくぼんくらぶり。
かくまった怪我人を捜索隊に引き渡さない行動やそれまでのモノローグから屋島守子が「お世話するために越智を手放さない」ことがわかり、それによってゆき子を探偵役とする倒叙モノに仕上がっているのが面白く、巧みです。
並の短編なら「お世話するため~」をメインに持ってきそうなところですが、そんな安っぽいことはしないのが流石。一流の食材をダシを取るためだけに使うような贅沢なつくりです。
そして倒叙モノとして解決したあと更にもうひとひねり加えてくるとは!
短い中に贅を極めた短編でした。
玉野五十鈴の誉れ
ラスト1行で気持ちよく「そういうことか!」と叫べる、実に巧い短編。長さも展開も実にちょうど良く、抜群のセンスの良さが光ります。フィニッシングストロークの傑作との世評も納得の一編でした。
タイトルから明らかなようにオマージュ元は「イズレイル・ガウの誉れ」でしょう。作中に思い切りその名前も出てきます。(「身内に不幸がありまして」の夢野久作といい、文中ではっきりオマージュ元を示すスタイルなのでしょうか?このあたりの遊び心もニクいサービスです)
それもあってどこか海外古典短編のような骨格の作品なのですが、その一方で肉付けは純和風なもの。この設計によってどこか短編版『本陣殺人事件』とでもいいたくなるような雰囲気を感じます。
読んでいて、家族について聞かれた五十鈴が「焼けました」とだけ答えたとき、ふとお祖母様が焼いたのか?と思ったのですが、ラストで暗示される五十鈴が太白を焼き殺したという可能性を読んだときにそのことを思い出しました。
儚い羊たちの晩餐
ミステリ短編を読んでいて特別な料理や料理人という題材が出てくるとすぐに浮かぶものですが、「二瓶のソース」の名前まで出れば確信に変わります。そして期待通りにアミルスタン羊が出てきて…後は本編の通り。
というわけで厨娘の特別料理の正体は早々に予想が付き、大量の材料を使う理由も早々に分かってしまう(むしろ見識のありそうな日記の筆者が先に真相の方に思い当たらなかったことを不思議に感じてしまいます)ので驚きという意味では目立つところのない一編です。
しかし本作の最大の魅力は日記の筆者の特異なキャラクターだと思います。「実際家」でありながら幻想の世界、そして狂気の世界に迷い込んでいくさまを冷徹に描きあげる「日記」は昏い輝きを放っています。