22/03/21 【感想】早朝始発の殺風景

青崎有吾の短編集『早朝始発の殺風景』を読みました。

青春は気まずさでできた密室だ——。
今、最注目の若手ミステリー作家が贈る珠玉の短編集。
始発の電車で、放課後のファミレスで、観覧車のゴンドラの中で。不器用な高校生たちの関係が、小さな謎と会話を通じて、少しずつ変わってゆく——。
ワンシチュエーション(場面転換なし)&リアルタイム進行でまっすぐあなたにお届けする、五つの“青春密室劇”。書き下ろしエピローグ付き。

集英社 文芸ステーション

本作の魅力はなんといっても高校生の少年少女による「密室における会話劇」として日常の謎ミステリが展開されることでしょう。密室といっても出入り不可能な空間という意味ではなく、走る電車の中やファミレスのボックス席など「ある閉じた場所」という意味。

日常の謎というジャンルには、日常の中にある謎と解決というメインの具材以外にも「謎のある日常」という背景が欠くべからざる可食部として存在しています。
謎と解決がおかず、背景の日常がごはんのようなもの。ご飯にオリジナルな味をつけて箸を進めさせるのはおかずなんですが、でも「主食」でありエネルギー源になるのはごはん。日常という食べ慣れた白飯に味をつけるのが謎と解決というおかずなわけです。
そして本作の、「謎と解決とその背景の日常」を固定されたクローズドな場所に閉じ込めた形式はそのごはんとおかずの最もコンパクトなスタイル、いわば丼物のようなつくりです。

警察や探偵などが出てくるミステリと違って、ハイティーンの日常が舞台であるがゆえに「気になっていることがあっても聞きづらい」という距離感が生じているのがこの設定の面白いところ。
また、背景に潜む日常の謎を解き明かすことでその「気まずさ」がほどけるつくりになっているのが実に巧いところで、これが解決のカタルシスを増幅させています。謎を解明することによって人間関係が少し変わる、その機微が美しい。

それにしても器用に書くもんですねえ。元々日常の謎はロジックものが得意な青崎有吾との相性がいいのですが(裏染天馬シリーズの短編集も日常の謎で良作でしたね)、こうもきれいに実装された「整った作品」が並ぶと、何よりもまず「うまいなあ」と感じてしまいます。
すごい作品というのはないけれど、どれも実に「ちょうど良い」。
優れた構想を器用に実装した優等生的な佳作です。

個人的ベストは「三月四日、午後二時半の密室」かなあ。
ミステリの「部屋探し」モノ、大好きなんですよね。部屋にあるものが描写されていって、そこに住む主の人となりが推理されていくタイプのもの。『フランス白粉の謎』とかすげー好き。
主人公が真相に至ったときの「一撃」がとてもよい。推理も真相も面白く、青崎有吾の持つミステリ偏差値の高さを感じます。この技術力が青春劇を成立させるために役立っていて、本書の集大成ともいうべき一編ではないでしょうか。
また謎解きが終わった後のモノローグがめちゃくちゃに良いんだ。正直、この短編で本短編集自体の個人的評価が星1個増えました。

以下は余談。

本作は実写ドラマ化が予定されているそうですが、ミステリとして成立させるための情報の提示をモノローグに大きく依存しているため、ドラマ化にはアレンジが必要なのではないかと思いました。
個人的には日常の謎というジャンル自体が実は映像化に大して向かない(というか文字媒体と相性が良すぎる)と思っているので、これをどう料理するのか興味があります。

この「ある閉じた場所で会話によって展開する」という作りはむしろ舞台劇と非常に相性が良いのではないでしょうか。アガサ・クリスティの『検察側の証人』などの舞台作品は法廷を舞台とすることによって「ミステリにおいて提示される情報を一ヶ所で、すべて口頭に集める」ことに成功しミステリを舞台にパッケージすることに成功しましたが、本短編集も同様のパッケージングができているように思います。