22/01/06 【感想】ビロードの悪魔

ジョン・ディクスン・カーの歴史ミステリ『ビロードの悪魔』を読みました。
この本を読んだきっかけはマンガ版「虚構推理」単行本16巻の後書き。

二十世紀初頭の歴史学の教授が悪魔と契約して十七世紀後半にタイムスリップし、そこで起こる事件の真相を解明して歴史を変えようとする、というミステリが一九五一年には出版されているくらいですから。

城平京・片瀬茶柴「虚構推理(16)」講談社

読んだ瞬間「あ!『ビロードの悪魔』だ!」とピンと来ました。来たのですが、そういえば読んだことはなかったのでした。(ミステリファンあるある:知ってるけど読んだことはないミステリ)

というなりゆきで「歴史学者ですが300年前に転生して事件解決しちゃいました」こと本作『ビロードの悪魔』を年末年始のお供にしたのですが、いやー、面白かったですね!!
本作は「主人公の歴史学教授フェントンは様々な人物の手記から過去の事件を調べようとしていたが、どうしても解けない謎があった。そこで悪魔と契約して当時の貴族に乗り移り事件を調べようとする」という物語です。
そして乗り移った先で彼は歴史学教授なので未来に起こることを知っていたり、未来の発達した剣術で無双したり、当時の貴族なのにとても召使いを大事にしてめちゃくちゃ慕われたり、複数の女性からモテモテになったりする…そう、テンプレのような異世界転生モノなのです!

1951年にしてこんなテンプレ異世界転生モノを書いているカーの先見性には恐れ入るばかり。歴史ミステリの超有名作品『時の娘』に先駆けて同様の趣向でミステリを書いていたりなど、カーは歴史ミステリの分野で並々ならぬセンスを持っていたようです。

もちろん乗り移った先は異世界ではなく実在した過去のイギリス。そしてカーは膨大な文献調査による時代考証を元に当時の文化をうまく物語に取り込んでいます。人物描写とか情景描写とかって普通の本格ミステリであまり丁寧にやられると少しめんどくさく感じてしまうものなんですが(そしてカーは特にこれが普段は冗長になりがちなんですが)、本作ではそれらの描写が当時の文化を感じさせる描写としてとても「読ませる」ものになってるんですね。

カーは優れたストーリーテラーである、という評価はよく語られるところですが、カー好きでありながら今までイマイチその評価がピンときてなかったんですよね。ですが本作はストーリーテラーとしてのカーの力量が存分に発揮されていました。

歴史ミステリでありながら17世紀を舞台にした剣戟小説としてもロマンスとしても展開していき、三色丼のエンタメとしてとにかくひたすら読ませる。
そして最初はある毒殺事件の調査のためにタイムスリップしたフェントン教授が実際の歴史のうねりの中に身を投じ、歴史を変えようと動いていく終盤の展開は圧巻。
またミステリとしても流石カーというトリックが用意されていて、とにかく面白さがいっぱいに詰まった傑作です!

あらすじの下は真相に関するネタバレ感想。

歴史学教授のフェントンは過去のある事件を調べるため、悪魔と契約を交わし時を遡った。三百年前の貴族に乗り移り、その妻が毒殺された事件を解明しようというのだ。きっかけは、事件の顛末を記した執事の手記だった。なぜか事件解明の部分だけ欠落していたのだ。過去の謎に挑むフェントンは事件を防ぎ、歴史を作り変えられるか? 華麗な恋愛模様と壮絶な剣戟場面を織り込み、中世英国を舞台にものした歴史ミステリ巨篇。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0250456

歴史ミステリとして分類される本作ですが、その真相だけは歴史ミステリの枠を飛び出した、ある種ルールの盲点を突いたようなもの。ジャンルの先駆者だからこそできた一回限りの奇襲ですね。
しかしニコラス卿(フェントン)が犯人であるため執事は記録を処分したのだと説明が付き、ちゃんと歴史としても収束するのがとてもうまい。藤子F不二雄の短編のようなシャレたトリックだと思います。