20/12/21 【感想】放課後探偵団
創元推理文庫が5人の新鋭ミステリ作家による書き下ろし学園ミステリをまとめたアンソロジー『放課後探偵団』を読みました。
気鋭の作家陣による溌剌とした佳作が並び、またアンソロジーとしても良い化学反応が起きています。創元推理が一番得意な分野で贅沢な本を作ってくれたなという感じ。
どの作品も好きなところもあればウーンというところもあるのですが、それを足した合計点で選ぶなら梓崎優「スプリング・ハズ・カム」がマイベスト。単体でもひときわ強い輝きを持つ一編ですが、このアンソロジーのトリに置かれたことで打点を総取りした感じがします。アンソロジーはこういうことがあるから面白い。
引用部より下はネタバレ感想になります。
放課後探偵団
書き下ろし学園ミステリ・アンソロジー
1980年代生まれ、創元デビューの新鋭5人が書き下ろす学園推理。
『理由あって冬に出る』の似鳥鶏、『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞した相沢沙呼、『叫びと祈り』が絶賛された第5回ミステリーズ!新人賞受賞の梓崎優、同賞佳作入選の〈聴き屋〉シリーズの市井豊、そして本格的デビューを前に本書で初めて作品を発表する鵜林伸也。ミステリ界の新たな潮流を予感させる新世代の気鋭5人が描く、学園探偵たちの活躍譚。
(東京創元社HP内作品ページより)
似鳥鶏「お届け先には不思議を添えて」
不可能興味を扱う純粋なハウダニット。「スプリング・ハズ・カム」も不可能興味のハウダニットではありますがあの通り純粋といえるものではないため、このアンソロジーで唯一といえるでしょう。最初不可能性がよくわかっていなくていまいちピンときていなかったのですが、トリックも推理もなかなか面白かったです。宅配業者のサービスの設定などで余詰めをつぶそうとする丁寧さも若々しさ。収まりのいい作品です。
鵜林伸也「ボールがない」
ロジックものの端正な日常の謎ではあるのですが、今ひとつこれといったフックがないという印象。全体的に予想を超えてこない感じでした。
相沢沙呼「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」
ほんと相沢沙呼の小説は気持ち悪いな!(褒め言葉)
ずっと相沢沙呼は『マツリカ・マジョルカ』しか読んでなかったのですが、いつの間にか『小説の神様』が映画化されたりしていてびっくりしました。そして去年『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を珍しく新刊ハードカバーで読み「これは年末のランキングでランクインするんじゃないか」と書いていたらなんとなんとミステリ大賞四冠。ホントにすごい。
『マツリカ・マジョルカ』『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を読んで持っていた印象は「性癖が出る作家」、もっと直球でいうと「マゾミス作家」というものだったのですが、この短編でもバッチリ性癖がまろび出ています。『マツリカ』シリーズのせいで巷間ではふともも作家と呼ばれているそうですが、ふとももよりも美少女に言葉責めされたい欲望のほうが強く感じられるんだよなあ。
本編の方は、真相から紡ぎ出される解釈がドラマチックで、「ミステリによってドラマを描く」ことを成し遂げているハイレベルな日常の謎です。気持ち悪いけどミステリはうまい。
ところで城塚翡翠はシリーズ化するそうですが、「あれの後に続けられるのかな?」と考えると「まあ『翼ある闇』のあとも木更津悠也はシリーズ化したしな…」と妙に納得してしまいます。そういう意味でも『medium』を書いたいま相沢沙呼はポスト麻耶雄嵩筆頭だと思っています。
市井豊「横槍ワイン」
この長さで聞き間違いオチがメインなのはちょっと…。
「小関くんの矢印の向く先についての誤認」が本作の決定的なミスリーディングであり、その矢印が鎧坂さんに向いているということがわかると一気に真相が見えるという組み立てなので、そこがもっと衝撃的になるような書き方にしたほうがよかったのではないでしょうか。
梓崎優「スプリング・ハズ・カム」
個人的には支倉の正体は「ウーン…」でした。(余談ですが梓崎優はこの一編のように謎と真相を結ぶ直線上でなく脇に叙述トリックを置くことが多い気がします) しかしそれでもなお短編集のマイベストに推したくなるくらい、学園/青春/ミステリの美しさが詰まった作品です。
「学園を舞台にしたミステリ短編」というテーマを「卒業式の日に起きた事件を、15年を経て同窓会で推理する」と料理しているのがまずうまい。そしてこの設定自体の美しさよ。またアンソロジーの構成として高校3+大学1の後にこれが置かれているのも美しい。
同窓会のあとの春の夜、駅のホームからはじまって、同窓会の様子、そして事件当日の回想、と入れ子式に語られるのもいいですよねえ。ミステリファンなら読んでて嬉しくなっちゃう書きぶりです。
そしてなんといっても真相。32歳になった放送部員たちによる同窓会の場では「落ちて死ぬかもという恐怖があるから」と棄却されたスーパーマンルートの推理が18歳の感性によって「怖くなかったの。だって、死ぬとか少しも思わなかったもん」と鮮やかに蘇る瞬間の強烈な印象は、一流のミステリが持つ「一瞬で景色が変わる」美しさそのものでしょう。
僕は小説を読んでいると「この人は頭に文章が浮かんできているタイプだな」「この人は頭に映像が浮かんできているタイプだな」と思うことがあります。後者を最も感じるのが恩田陸。梓崎優も後者タイプな気がします。