21/02/03 【感想】ロートケプシェン、こっちを向いて
以前感想を書いた相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』の続編『ロートケプシェン、こっちを向いて』を読みました。
日常の謎ミステリ×学園青春ラブコメ×マジックという組み合わせのシナジーが爆発して成功した前作に対し、今作で足された人間関係にまつわるシリアスな学園ドラマという要素の食い合わせは好みが分かれるところでしょう。
個人的には、シリアスな人間関係をテーマに加えたことで生じた「日常の謎の探偵役は、犯人のいない個人の間のトラブルにどこまで顔を突っ込んでいいのか?」というテーマは良かったと思います。まあこれを悩む主人公の須川くんは推理の一切をすべて探偵役の酉乃さんに丸投げしてるんですが!
須川くん視点で酉乃さんの登場する本編と並行して、「Red Back」として別視点もうひとつの話が描かれます。これが人間関係にまつわるシリアスなやつの方。
後に作者に栄冠をもたらす『medium』で花開くスタイルですが、今作では終盤までミステリ部分との関連が見えなかったことがイマイチだったと思います。
『medium』の別視点パートには謎があり、本編のミステリに関わってきそうなことを暗示して読者の興味を引いていました。
本作の「Red Back」では学園生活の陰惨な部分が描かれるのですが、謎や情報のフックが少なく、展開も描かれる心情も非常に類型的でどこかで見たような印象が続き、やや退屈になってしまったきらいがあります。
ですが日常の謎としてはどれも粒ぞろいで、「ひとりよがりのデリュージョン」「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」「スペルバウンドに気をつけて」の3編はどれも独立した短編と見ても甲乙つけがたい出来です。
また今作では前作でやっていた「魔法の力による解決」はほとんど行われません。ここをスパッと切り替えたのは英断だったと思います。本作のテーマにはちょっと合わないですし、なによりネタとしての耐久使用回数は前作できれいに使い切った感じがしますし。このあたりを見ても相沢沙呼のセンスの高さを感じます。
例によって公式サイトの紹介より下は各話のネタバレ感想です。
せっかくの冬休みなのに、酉乃初と会えずに悶々と過ごす僕を、クラスメイトの織田さんはカラオケへと誘う。当日、急に泣きながら立ち去ってしまった彼女にいったい何があったの? 学内では「赤ずきんは、狼に食べられた」と書き残して不登校となった少女を巡る謎が……。僕は酉乃に力を借りるべく『サンドリヨン』へと向かう。女子高生マジシャン・酉乃初の鮮やかな推理、第二集。
(東京創元社HP内作品ページより)
アウトオブサイトじゃ伝わらない
第2巻の先頭ということではじめましての人へのチュートリアルも兼ねたこのシリーズの基本形。視線のことに意識が行くのはマジシャンゆえか。
ひとりよがりのデリュージョン
どうやって封筒は入れ替わったのか?という不可能興味で引っ張る出題パートはシンプルながらなかなかおもしろいもので、前作収録の短編を彷彿とさせます。そして「柿木園さんが入れ替えた」ことをロジックによって導き出す意外な犯人モノのフーダニットと「なぜ柿木園さんが入れ替えたか?」ということを推測によって導き出すホワイダニットによる二階建ての謎解きパートも良質。ミステリの様々なおいしいものが一口ずつ味わえる、プレートランチのようなハイクオリティな短編です。
それはそうと、高校生にもなって写真集くらいでビビりすぎじゃない?
恋のおまじないのチンク・ア・チンク
この巻で随一のラブコメ力を誇る回。やっぱり八反丸さんはいいキャラしてるなあ。
アンソロジー『放課後探偵団』に収録された話で、そっちで感想を書きました。
担任の藤島先生の好人物ぶりやその他の同窓生たちの書き込みもちょうどよく、気持ちのいい回です。はやみねかおるの夢水清志郎事件ノートシリーズのような味わいがありますね。
あと須川くんは本当に気持ち悪いけれど、桐生さんに対してやっかみから悪い感情を持つようなことが一切なくすべて自虐へ向かうのは彼のいいところだと思います。
スペルバウンドに気をつけて
冒頭の須川くんほんっっっっっと気持ち悪いな…。
そしてやっぱり八反丸さんはいいキャラしてるな…。
見えなかったもの。気付けなかったもの。それらを垣間見たとき、僕らにいったいなにができるっていうんだろう?
僕の憧れる推理小説の探偵は、謎を解いて犯人を追い詰める。正義を突きつけ、罪に罰を与える。陥る不安を解消し、日常に平穏を取り戻す。
けれど、僕らの日常に、犯人はいない。振りかざすべき正義もない。(単行本p245)
このテーマを取り上げ、取り組んだだけでもこの話は日常の謎ミステリとして高得点です。
元々「推理小説の探偵」においても名探偵が神であるかのようにふるまい登場人物の運命を決定することについての是非というのは議論されてきました。でもこのテーマって、法や正義の外側の問題であることが多い「日常の謎」においてはより顕著なんですね。ハッとさせられました。
以前も書いたように僕は日常の謎ものだと分かりやすい悪がいない方が好きなんですが、それはこの問題が心の引っ掛かりになってたからかも。
そしてミステリの方も、ひとりの人間を消すトリックとしてよく整ったスマートなものです。
バイトでペンネームを借用して偽名を使ったこと、偽りのアドレス変更メールを送ったことというふたつのトリックを時間差で組み合わせているのが巧み。そしてペンネームの借用という行為から笹本さんの心情の動きまで説明を導き出すのが見事な手管です。
僕はちょうどこのメアド変更メールをみんなに送ったりiPhoneは赤外線通信ができなかったりという文化の直撃世代だったので懐かしくなりました。iPhoneだとメアドからQRコード作るアプリがあって、それ使って生成したのを読み込んでもらってましたよね。
そのおかげもあってかメアドの方のトリックは謎解き前にピンときたのですが、それもこのトリックがシンプルできれいに決まっていたからこそでしょう。
ひびくリンキング・リング
帰り道のエピローグ
クライマックスへ突入していこうというシーンで太ももを見るな。
織田さん登場の瞬間は「な、なにーっ!」ってなりました。でも説明読んでいくと、ちょっと無茶が気になるかな…。
この叙述トリックは「Red Backの視点人物を『不登校が続いて進級が危うくなっている井上さん』だと誤認させる」トリックなのですが、人名まわりの説明に終始してしまったため要らぬケチがついてしまった気がします。もっとスマートに見せられたはず…。
読んでいてふと思ったこと。
昔は字の誤読とか漢字の読み間違いとかの人名誤認ネタってダイイング・メッセージのタネに使われることが多かったと思うんですが、今はこんな感じに叙述トリックのタネに使われることが多くなった気がします。
ダイイング・メッセージよりも格段に撮れ高が稼げるようになるので、このネタを叙述トリックと組み合わせるようになったのはミステリの進化ですね。