20/09/19 【感想】グラスバードは還らない
市川憂人『グラスバードは還らない』を読みました。この記事はそのネタバレ感想になります。未読の方はご注意ください。
マリア&漣シリーズ『ジェリーフィッシュは凍らない』『ブルーローズは眠らない』に続く3作目です。2作目はここで感想を書きました。
無理やりジャンル分けすると第1作『ジェリーフィッシュは凍らない』がいわゆる『そして誰もいなくなった』モノ、第2作『ブルーローズは眠らない』が不可能犯罪にオカルトを組み合わせたJ. D. カーのような読み口だったのに対し、今回第3作『グラスバードは還らない』は「コテコテの新本格」。
ガラス張りの迷宮という新本格空間(予算や利便性を度外視して作られた密室殺人をやるのに都合のいい建造物などのこと。今作った造語)の中と外が交互に描写されながらリアルタイムに話が進んでいく形式は綾辻行人『十角館の殺人』や森博嗣『そして二人だけになった』を彷彿とさせました。
『十角館』は1987年、『そして二人だけになった』は1999年なのでもう古典に片脚漬かり始めてるんですよね。
本作の良かったところは、なんと言っても怒涛の解決パートです。ドミノ倒しのような真相がロジカルに解かれていく解決編は圧巻でした。
またシリーズ物であることを使った叙述トリックもテンション上がりましたね。「ジェリーフィッシュ」も「ブルーローズ」も作中世界では実在していたものだったため、前2作を読んでいる読者ほどタイトルになっている「グラスバード」を疑いなく受け入れてしまうという。正直グラスバードと呼ばれていたものの正体が明かされた時は「そう…」という第一印象だったのですが、このシリーズを使ったミスリードだと気づいて評価が変わりました。
各パートで年月日と時刻が宣言されているのもよかったです。同時進行のサスペンス性はもちろん、「どうせ別の時間軸で起きてましたとかじゃないの?」という斜に構えた読み方を許さない謎の出し方になっていました。
逆に残念だったことはまず、これまでの2作で見られた圧倒的なリーダビリティーの高さが今回は見られなかったこと。
後半は面白いんですけど、この面白くなるまでが結構長いんですよねー。グラスバードも爆弾もエンジンとしてはちょっと弱い。とはいえ前2作と比べたら、という話で、そんじょそこらのミステリと比べたら水準程度のリーダビリティーは備えているのですが。
そして何より、本編を読んでいて最も魅力的な謎と感じた「姿の見えない殺人者」の真相が「光学迷彩でしたー」というのが一番ガッカリでした。えーーーっ。
爆弾魔が誰とかどうでもいい(よくはない)のであのガラス迷宮の殺人だけが今回ワクワクした謎だったため、この真相は肩透かしでした。
他の謎は、こちらの「目が慣れてしまっていた」ため仕掛けの割に驚けなかったかも。そこも含めて、今回は「コテコテの新本格」だったために諸々の条件が重なり前2作ほど僕には刺さりませんでした。
上で述べたように前2作はアガサ・クリスティーの作品だったりJ.D.カーの作品だったりのテイストに現代の進化した「ミステリの読ませ方」やミスリーディングに関する技術を組み合わせることで高い完成度を実現していました。
ところが今作はそのベースとなるテイストが新本格で、叙述トリックやなんかを標準装備しているジャンルでした。そのため最新技術と組み合わせることによるブラッシュアップが前2作ほどには機能しなかったのかな、という印象です。
あ、でもじゃあ凡作なのかというと決してそんなことはなくて、この読み応えのある真相だけでも読む価値アリですよ!
これだけの真相をよくあれだけの出題編で実現したものだとびっくりします。『三つの棺』クラスの真相ですからね。通常の推理小説のように捜査パートを入れるのでなく、マリアを含む「当事者」の視点から語らせることで出題編の情報提示にかかる紙幅を大幅に圧縮している技術はさすがのストーリーテリングだと感嘆するばかりです。
(追記)
思い返してみると、この巻は「人を消す(見えなくする)技術」がこれでもかと詰め込まれてるんですね。
別人の死体を発見させて死んだと思わせる顔のない死体トリック、人間を鳥と誤認させる叙述トリック、負の屈折率で死角を作り人を見えなくするトリック、透明マントで人を見えなくするトリック、他にもいつも通行する人が詳しく調べられない「見えない人」のトリックだったり戸籍を買って透明になったりと様々な角度からの推理小説における人物消失のトリックが盛りだくさん。
煙詰のような真相と相まって「消失モノ」として扱いたくなってきました。