23/01/07 夢野久作完全攻略(4)

夢野久作完全攻略
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ちくま文庫版「夢野久作全集」第4巻には、地方を舞台としてその色が濃く表れた作品が多く収録されています。そしてこれらがべらぼうに面白い。当たり作品がボンボンと出てきます。個人的には、夢野久作のストーリーテリングの巧みさがスパークしている作品が特に多いように思います。
くうを飛ぶパラソル」は元々大好きな作品だったのですが、「笑う啞女」「山羊髯編輯長」などは今回のマラソンで見つけた大きな収穫でした。

いなか、の、じけん ★4.0

20のショート・ショートからなる連作です。夢野久作の作品中ではかなり有名な方でしょう。作品集のたぐいでもよく収録されています。
この完全攻略は自分の中で評点をつけて読むようにしているのですが、この作品は最初パッとせんなあと思ったものの読み進むにつれてグングンと仮装大賞のように僕の中で評価が上がっていきました。
とにかくすべてにおいて「田舎」感がすごい。地方紙の小欄に載る小話って感じ。実際そうやって集めた話だと当時久作本人が解説していたとか。
およそ全ての探偵小説は「都会の論理」がベースにあるのに対し、その外側にあることが本作が探偵小説としても評価されている理由なのでしょう。探偵小説はえてして探偵小説の枠組みから飛び出していくものを評価します。
あと、どことなくフェルディナント・フォン・シーラッハの短編集と似たテイストを感じるかも。

巡査辞職 ★4.0

山奥の村落にあるお屋敷で、当主夫妻が惨殺される。屋敷の周りには足跡がなく、残されたのは娘で知的障害のある美少女とその入婿で学位を持った誠実な美少年。「本格」のにおいをプンプンさせた、横溝正史が書きそうな話ですが、実際この話はタイトルにもなっている有能な警官・草川巡査を探偵役としていかにも探偵小説的に進んでいきます。
意外な真相やそこへ辿り着くまでの道のりも非常に探偵小説的。ここまで読んできた夢野久作作品の中で最もまっとうに推理小説しているかもしれません。しかし、それだけで終わらないのが夢野久作。
代表作『ドグラ・マグラ』がアンチミステリの傑作として評される夢野久作ですが、突然そこでアンチミステリ的性質が備わったわけではなく、元々その才覚を備えていたのだなと思わせられます。

笑う啞女おしおんな ★4.0

とある田舎で、品行方正で文武両道、主席で学士になった青年が帰ってきて隣町の医師の娘と結婚したというので名士が揃った祝いの席ではじまる話。しかしその屋敷の外にかつての首吊り事件のあとで失踪したと思われていた聾唖の娘の声が響き…というこれまたイカニモな雰囲気を伴って始まる話。
他の作品と比べるとだいぶカメラを引いていたり普段使わない時間をさかのぼってナレーションするような技法を使っていたりと意外な書き方をするのですが、「何があったか直接書かずに読者に読み取らせる」技術がすごい。そしてそこから終盤の展開たるや、海外の名作短編たちと並び称されても良いような切れ味を持った作品です。

眼を開く ★3.5

冬に山中の別荘に篭もって創作に専念せんとする作家の「私」と、そこに毎日新聞や郵便物を届けてくれる男の話。
語りだしといい静かに進行する先の見えない展開といい、絶妙な緊張感のある良作短編です。

くうを飛ぶパラソル ★4.5

探偵行動をはたらく新聞社の遊撃記者を主人公にした話なのですが、特ダネを掴むために列車自殺した死体を探ったりその死体のスキャンダルを報じたりと悪趣味なほどに筆禍をクローズアップした作品です。
「不快」を描くとき夢野久作は独特のギトギトした文体を用いてオドロオドロしく書くことが多いのですが、この短編では例外的に「記者の文体」で書いています。読んでいて感じる映像も他のギトギト系の話を読んでいるときに見える魚眼レンズでのぞいたような奇妙な視界と異なり、フラットで鮮明、ある種の映像美のようなものまで感じさせる作品です。非常に単純に文章のきれいさだけで言うなら夢野久作小説でトップクラスでしょう。
しかしそれなのに、内容が非常に「不快」で後味が悪い。この奇妙な取り合わせが異彩を放つ、シャーリイ・ジャクスンの短編のような読み口の「奇妙な味」な短編です。

山羊髯編輯長やぎひげへんしゅうちょう ★4.5

東京でほうぼうの新聞社をクビになり九州まで流れてきた記者が、小さな新聞社でとても有能そうには見えない山羊髭の老編集長に拾われ特ダネをあげていく痛快なショートショート集3本立て。
探偵の最終的な目標が「真実を突き止める」ことであるのに対し、この記者の最終的な目標は「記事を作る」こと。真実を突き止めることはその手段のひとつでしかなく、ときには真相を作り出すことも辞さないというのがおもしろいところ。
この冒険心あふれる海千山千の記者と彼を転がす老獪な編集長の奇妙なタッグは王道ながらも非常にそそるもので、この登場人物でもっとたくさん短編を読んでみたいと思ってしまいます。ひとつひとつのストーリーにも短い中で謎と真相、スペクタクルが詰まっており、非常に優れたエンターテイメントに仕上がっています。快作です。

斜坑 ★4.0

斜坑の中で事故死が発生すると、遺体を坑外へ運び出す際に曲り角や要所要所でその場所の名前を呼んで死人に云い聞かせてゆく。坑内に霊魂が留まり続けることのないように…。
…という風習が冒頭で伝えられ、死と隣り合わせの日常が語られます。それと同時に主人公の福太郎に対して同僚の源次は殺意を抱いているのではないかということも示され、一種異様な雰囲気といい狂気の中に訪れる破局といい、独特のオーラを持った力作です。

骸骨の黒穂くろんぼ ★3.0

差別的表現が問題となり抗議を受けたことがちくま文庫版の解説に書かれていますが、確かにこれは抗議も受けるわなという内容で現代の目ではどうにも擁護し難い。
ではそこを抜きにして純粋に中身を見ると、ということもできないのが本編です。というのも本作の真相そのものが偏見に立脚しており、乱暴に例えるならノックス時代でいう「犯人は中国人なので超人的な能力を使って殺人を行いました」が真相のようなもの。
というわけで評価が困難な作品なのですが、途中までは面白くなりそうな雰囲気があるのでそこだけ買ってこの点数で。

女坑主 ★4.5

面白い!!
夢野久作がたまに書くこの手のハッタリエンタメ大好きなんですよね。
女優から炭坑の女坑主にのぼりつめた女傑と血気盛んな青年のダイナマイトを巡るやりとりが描かれていくのですが、こんな抜き出し方では書ききれないようなドライブ感あふれるプロットは「いいから読んでくれ」と言うほかありません。
炭坑のディテールも舞台装置としてちょうど良く、軽く作った得意料理の見事な一品といった感じ。

名君忠之 ★3.5

僕は読んだことがなかったのですが、夢野久作は時代小説もいくつか書いているそうです。筑前藩主・黒田忠之を中心とした作品なのですがこの話における忠之はいわば「岸辺露伴は動かない」における岸辺露伴ポジション。
「犬神博士」といいこれといい、夢野久作の書く孝行息子はこのパターンが多いのか、それとも当時の類型だったのか…?