23/01/06 夢野久作完全攻略(3)
ちくま文庫「夢野久作全集」第3巻からはいよいよ小説作家・夢野久作による作品が登場します。
1926年発表のデビュー作「あやかしの鼓」から1936年に没するまでの短いキャリアの中でも比較的初期の作品が多く収録されています。
前2冊との★の数を比べてもらうと分かるのですが、この巻から一気に面白くなってきます。中でも「押絵の奇蹟」は傑作です!
猟奇歌 ★3.5
猟奇歌の名の通り、猟奇趣味の昏い詩を集めたものです。どれも短く、イメージラフスケッチのような詩が並びます。
悪く言うと中二病っぽい、昔の個人サイトで黒背景に赤文字で書かれてそうな趣向のものなのですが、並ぶスケッチの中に時々ひときわ心を奪う冷たい輝きを持つものがあり、この評点に。この「1個刺さるものを探す」のも詩の読み方なのかなと思います。
あやかしの鼓 ★3.5
初めて夢野久作の筆名を用いて投稿し「新青年」に掲載された、夢野久作のデビュー作です。打つと禍を招くといういわくつきの鼓が物語の中心に置かれますが、「人間の精神を冒す芸術」という、ドグラ・マグラにまで通じる夢野久作のテーマが早くも見て取れます。
この巻に収録された作品の多くと同様、幻想小説や怪奇小説に分類されるものですが、鼓によって狂わされたいくつもの人生が終盤怒涛のように明かされる展開などは推理小説の味わいも楽しめます。
押絵の奇蹟 ★4.5
江戸川乱歩の激賞を受けたという出世作です。本作も押絵を取り上げて「人間の精神を冒す芸術」のテーマをにおわせているのですが、作中では明言どころかそこに触れることすらせず言外ににおわせるだけにとどめているのが実にうまい。その点ではドグラ・マグラ以上だと思います。
視点人物である「私」と名優・菱田新太郎の容貌が「瓜二つ」であることの因果を語ろうとする書簡体形式の話なのですが、様々な情報と複数の解釈が提示されていくあたりがとてもおもしろい。「読みながら思わず推理してしまう」という一流の推理小説の条件をも備えた傑作です。
童貞 ★3.0
この短編はキャラの設定を凝っているなというのが一番の印象。主人公の才ある芸術家で汚れを知らぬ精神性を持ちながら物理的には不健康で汚れた浮浪者というキャラ付けもそうですが、とにかくヒロイン(?)の造形がいい。これはネタバレになるので詳しく書けないのですが、夢野久作はこういう女を書くのが本当にうまいです。
鉄鎚 ★4.0
主人公・愛太郎の父は弟に騙され財産と妻を失い、最期は貧民窟で愛太郎に弟は悪魔だから脳天に金鎚を落として殺せと教え自殺します。すると愛太郎の前にその弟、愛太郎から見ると叔父が現れ彼を引き取り、相場師の仕事を手伝わせるようになります。やがて愛太郎は天才的な相場の才覚を発揮し始めるのですが…そこは夢野久作、一筋縄ではいきません。
この短編には「悪魔」がいることが暗示されます。しかしその悪魔は本当は誰なのか、鉄槌は誰にくだされるのか、最後まで読めない奇譚です。
怪夢 ★4.0
いずれも悪夢の世界を描く6編の小編から成るシリーズ。ガッツリ幻想小説なのですが、そのジャンルでも一等の地位を主張できる良作揃いです。
巨大な製鉄所がまるで怪物のように見える「工場」、上空の音速の世界で飛行機乗りが狂気と出会う「空中」、深夜の大東京の路上で不安が襲いくる「街路」、ドグラ・マグラのエッセンスが見える「病院」、海底で理外の存在に出会う「七本の海藻」、そして世界のはてまで硝子でできてどこまでも見通せる世界の殺人事件を描いた「硝子世界」。
個人的には「硝子世界」が一番好き。
ビルディング ★3.0
「怪夢」に入りそびれたみたいな話。
もうひとつなにかほしかったというのが正直な感想です。
縊死体 ★3.5
人知れず空き家で少女を扼殺し放置した男が、その犯行が露見していないかと毎日公園で新聞を見ていたのだが、犯行からちょうど1週間後に新聞を開いたところ…という話。途中までは面白かったけど最後の伸びがいまいちだったかな。
月蝕 ★3.0
空に浮かぶ月を女の顔に擬えて月蝕を描き、蝕が始まり終わるまでを描いたもの。夢野久作作品には妖女タイプの女性キャラが非常によく出てきて、体感的に登場する女性の半分ほどがほとんどそっくりなキャラクターになっているのですが、月までも似たようなキャラなのはちょっと面白い。
微笑 ★3.0
これと前の「月蝕」はショートショート・サイズの「猟奇歌」って感じ。
ラスト1行の余韻がとても良い。夢野久作はあれの描写で狂気をにおわせるのがとてもうまいと思います。
人の顔 ★3.0
孤児院から引き取った娘は無口で手のかからない子だったが、不思議なことを言うようになり…という話。不思議なこととはなにかというのは読んでもらうしかないのですが、今読むとありきたりに感じてしまうかも。
卵 ★3.5
密かに両片思いしていたと思わしき相手から残された「卵」を受け取り温める話…なのですが、その「卵」の得体のしれなさ、気持ちの悪さ。そしてそれに連動する話の展開の読めなさが実に不気味で、上質な怪奇小説です。
夫人探索 ★3.5
ひょんなことから百万長者になった青年が浪費を重ねて大金を使い果たし、一体誰が百万を盗んだのだと捜査するという、あらすじだけ起こすと自明そのものな話なのですが、これがまさかの転がり方をします。この「犯行」について色々推理が出るのですが、この展開の珍妙さがこの短編を唯一無二のものにしています。
奥様探偵術 ★3.0
「東京人の堕落時代」の延長線のような話で、前巻を読んでいるとニヤニヤできます。現代のタグを付けると舞台を夫婦間に限定した日常の謎とでも言いたくなるような話。
アイデアが剥き出しで肉付けがそんなに膨らんでない感じが、まだ記者から作家に羽化する途中のような印象。
霊感! ★4.0
「異質な作風を感じさせる」と解説されている本作ですが、適当な外国を舞台にしているだけで、人間の意識や生理に関するオカルトをロジック部分に組み込んで血にまつわる奇妙な因果を編み上げる手わざはまさに夢野久作ならでは。骨格だけ抜き出したらロアルド・ダールが書きそうな話ですが、これをこう膨らませるのは夢野久作しかいないと思わせられます。
悪魔祈祷書 ★3.5
古本屋の店主が雨宿りに来た助教授に、自らの店に持ち込まれた「悪魔祈祷書」の因縁を語る話。
夢野久作の得意技「視点人物の台詞のみによる叙述」がここで初登場!
後に名作「焦点を合せる」で大輪の花を咲かせるこのスタイルですが、ハッタリにドンデン返しにとその萌芽を既に見せています。
白菊 ★3.5
網走監獄を脱獄して強盗殺人を繰り返しながら逃走を続ける汚れきった男が白亜の洋館に侵入するホラーストーリー。読み口というか、遠目で見た色彩はポーに近い感じ。犯罪/猟奇趣味、フェティシズムめいた人形の描き方など夢野久作成分を水で割った飲み物という感じです。ちょっとオマケして3.5。
髪切虫 ★3.0
髪切虫と古代エジプトの女王クレオパトラの因縁めいた話なのですが、どうにもそのハッタリ部分が空転している印象…。オチまで含めてどこか藤子F不二雄作品のような趣があります。童話でも扱っていましたが、夢野久作はエジプトが好きだったんでしょうか?
けむりを吐かぬ煙突 ★3.5
殺人現場に居合わせる新聞記者、という夢野久作がこの後も繰り返し用いる設定が出てきます。この作品では犯人は語り手である新聞記者。それを冒頭に明かした上で、彼が未亡人を刺殺するに至った「けむりを吐かぬ煙突」にまつわるストーリーを語ります。夢野久作作品はミステリとして捉えると"情報の出す順番"に強い個性を発揮するものが多いのですが、この作品もそうした語りの技巧を堪能することができます。
涙のアリバイ ★3.0
「説明なしで、手だけを映して進行する映画」の脚本、というていで書かれたもの。手先の描写だけで探偵小説を描くという試みが面白いです。
黒白ストーリー ★4.0
いい意味で一番裏切られた話。
3つの小編の詰め合わせなのですが、最初の「材木の間から」を読んだときはナアンダこんなものかという感想でした。夢野久作名義でデビューする前に彼の父が主催する台華社の月刊機関誌に載せていたものだそうで、それならばこのクオリティもむべなるかなと思っていた…のですが。
続く「光明か暗黒か」で夢野久作らしい面白さがどんどん出てきます。芸術…この作品では音楽…とその才能、そして名器と呼ばれる楽器が起こす数奇な運命。それが乾いた文体で描かれていくこの話にはデビュー後のネットリとした描写とはまた違った魅力があります。
そして3本目の「なまけものの恋」、これが素晴らしい!
この小編、ハードボイルドです。前の話で乾いた文体と書きましたが、この3作はいずれも徹底して内的描写を省き客観的かつ簡潔な描写がなされています。「なまけものの恋」はタイトル通り恋の話なのですが、主人公は堕落し犯罪に巻き込まれ、悪の道に引き込まれていきます。悪党による悪巧みが描かれる話なのですが、これが乾いた文体と合わさりその味わいはまさにハードボイルド。1925年にこれが書かれたことは歴史的快挙と言ってよいのではないかと思います。