21/08/25 『法水麟太郎全短篇』という娯楽

どうにも最近精神的に疲弊していると感じます。
まあ無理もありません、テレビをつけてもネットを開いても入ってくるのは気が滅入るような話題ばかり…。
どうしたって種々の批判や議論、問題意識や注意喚起にばかり付きまとわれてなんだか心が疲れてしまっていました。心が「現実に閉じこもってしまっている」。

こんなときにやるべきことといえば…そう!

法水麟太郎全短篇』を風呂で読む!これです!

法水麟太郎といえばあの日本三大奇書にも数えられる大傑作『黒死館殺人事件』に登場する探偵役ですが、短編でもあんな感じに探偵も助手も関係者も地の文も全員アニメの中二病キャラみたいな話し方をする超クールな作品ばかりなのです!

ジャンルとしては推理小説で、殺人事件を探偵役の法水麟太郎が解決する話なんですが、このシリーズ、並の推理小説とは色々違います。
人が死んでもヒステリックになる人もセンチメンタルになる人もなく、やたらドライな態度で衒学三昧。どうせ真相はエキセントリックすぎて絶対推理できっこないので次々出てくる情報の海をなんの真剣味もなくキャッキャと純粋に楽しめる!
そう、法水麟太郎シリーズ作品こそ、このやたら深刻そうで重要そうな情報ばかりヒステリックに流れてくる現代に求められる娯楽なのであります!!

例えば収録中第2作『聖アレクセイ寺院の惨劇』。
かの『黒死館殺人事件』の書き出しには

聖アレクセイ寺院の殺人事件に法水が解決を公表しなかったので、

とありますが、その殺人事件とはこの短編のことです。

法水作品の楽しみといえばなんといっても探偵法水と容疑者たちとの言霊バトル。法水麟太郎作品はフリースタイルラップバトルのような形式を採用しており、尋問の際には衒学長台詞をぶつけあってバトルすることで話が進んでいきます。
この『聖アレクセイ寺院の惨劇』でも容疑者のひとりジナイーダとの言霊バトルは白熱しており、法水に「あなたがお父さんの足音を聞いたと証言した一時間前にお父さんは絶命しているのですよ」と衝撃の事実を突きつけられてもジナイーダは一歩も引きません。

「医学的にどう斯うは、問題では御座いません。この世界は、計り知れない神秘な暗号と象徴に充ちているのですから。(略)」
 それは、如何なる理法如何なる批判を以ってしても律し得ようのない、人間最高浄福の世界だった。ジナイーダの全身からは、その厳粛な魂が脈打って来るのを、聴き取れるような気がした。

医学的にどうこうは問題ではございません」という通常の推理小説ではありえない暴論で抵抗するのですが、ここで行われているのは言霊バトルなので強く言えば有効。地の文も思わず人間最高浄福の世界を感じてジナイーダの全身から厳粛な魂の脈動を聴き取ってしまいそうになるほどです。

地の文はすっかり圧倒されていますが、しかし法水はここでもより強い言霊をぶつけて迎撃します。

「成程。然し、ハインリッヒ・ゾイゼ(十三世紀独逸の有名な神学者)が、屢見た耶蘇の幻像と云うのは、その源が、親しく凝視めていた聖画にあったとか云いますがね。それに、誰やら斯う云う言葉を云ったじゃありませんか。――自分の心霊を一つの花園と考え、そこに主が歩み給うと想像するこそ楽しからずや――とね」
 最後の一句が終らぬうちに、ジナイーダの総身に細かい顫動が戦いた。

これが言霊バトルです
「云ったじゃありませんか」と言われても全くご存じない我々凡百な読者には何のことやらサッパリわからないのですが、言霊の間合いでは痛恨の一撃が入っているのです。なんかよくわからんけどジナイーダが震え上がってしまいます。フリースタイルラップバトルならパパパパパーゥと音がしているところです。

今回の事件の証拠をぶつけても全く動じなかった相手でも、事件と関係ないハインリッヒ・ゾイゼ(十三世紀独逸の有名な神学者)のトリビアや引用句をぶつけてやると大ダメージが入る。この大変独特な捜査方法によって本シリーズは並大抵の推理小説から一線を画しているのです!

この重大そうに語られる現代現実の我々にはなんの必要もない情報の数々を飲み干していると、それだけで癒やされていくんですねえ。それはまるで生きているだけでも詰まってしまっていた大事そうで深刻そうで捨てられない情報の数々を洗い流してくれるかのようで。

1日2リットルの水と20ページの法水麟太郎を読んで、カラダもココロも消化器官を正常化!
法水麟太郎こそ、現代を生きる我々に最も必要な娯楽なのです!!