23/04/25 【感想】虚構推理短編集 岩永琴子の密室

『虚構推理短編集 岩永琴子の密室』を読みました。

3,4週間くらいかけてダラダラ読んだので単行本タイトルのことは忘れていて、読み終えてから見返したときに「そういえば全編が広義の密室モノか!」と新鮮な驚きがありました。こういうのは短編集だからできる粋なまとめ方ですねえ。
序盤は線の細い作品も並んだのですが、ラストの「飛島家の殺人」は虚構推理フォーマットにおけるもうひとつの完成形とも言うべき、垢抜けた作品でした。

このシリーズは探偵役となる岩永琴子が「妖怪や霊のたぐいと話せる知恵の神」であるため視点人物を岩永の側に置くか一般人の側に置くかでだいぶ情報レベルが変わるのが特徴です。
真相に妖怪が絡む事件や霊から得た情報で特定した真相に対して、妖怪や霊が絡まない「推理」を提供することで一般人にも呑み込めるようにする…いわば「虚構の推理」を行うことがミステリとしての変化球になっているわけです。

そんなシリーズにあって、なんと「飛島家の殺人」は「全編が一般人目線で書かれる」という構成を取っています。視点人物に霊感があるため幽霊は登場するのですが、導入に使われるのみで推理の場には関わってきません。

読者は岩永琴子というキャラクターを知っているため彼女がどのように情報を手に入れて推理したのだろうかと考えるのですが、視点人物がそのことをを知ることはできないため、読者も知ることができません。
岩永は超自然的な捜査を行ったかもしれないし行わなかったかもしれないのですが、視点人物がそのことを分からないため情報源については最後まで明かされないのです。

これで推理小説が成立するのかというと、成立してしまうのです。
なぜなら、岩永が行う虚構推理は「正規の手段で得た情報だけを使って常識の範囲内で受け入れやすい推理を作り出す」ものだから。
それを一般人の視点で見ると「読者と同じ情報を探偵が得て、納得の行く推理を導く」という一般の推理小説における探偵の推理と何ら変わらないのです。この話は普通の推理小説の要件を満たし、普通の推理小説としても読めてしまうのです。

言うなれば、今まで投げた変化球をすべて見せ球として使った純粋な直球。
この作品の取りうる振れ幅のうち極北をプロットした、シリーズの到達点といえる「芸」だったと思います。

 一代で飛島家を政財界の華に押し上げた女傑・飛島龍子は常に黒いベールを纏っている。その孫・椿の前に現れはじめた使用人の幽霊が黙示する、老女の驚愕の過去とは――「飛島家の殺人」
 あっけなく解決した首吊り自殺偽装殺人事件の裏には、ささや
かで儚い恋物語が存在して――「かくてあらかじめ失われ……」
 九郎と琴子が開く《密室》の中身は救済か、それとも破滅か。