20/10/27 【感想】ポケットモンスター ソード/シールド

僕が日記を書くきっかけになった染谷さんが書いた昨日の日記を読んだら、僕もポケモン剣盾の話をしたくなりました。

これすっげーわかるんですよね!剣盾ってこういう想像をしたくなる、させてくれるゲームなんですよ。遊んでると自分の分身がジムチャレンジャーに、そしてチャンピオンになっていくストーリーが頭の中で広がるんですよね。
これはまさにゲーム内の世界の作り込み、最近流行りの表現でいう「解像度」の高さのなせるわざだと思います。
ポケモンのアニメの主人公になれるゲームです、ポケモン剣盾。

ここ数年、「ポケモンGO」や「名探偵ピカチュウ」によって「ポケモンがいる世界」という想像は一気に具現化しました。
ポケモンで遊んだ多くの子どもたちの想像の中にしかなかった世界が、実際に取り出されて、目を閉じなくても見られるようになりました。

その一方で、「ポケモンがいる世界」「一緒に暮らす相棒としてのポケモン」がリアルになればなるほど、日常的にそのポケモンを戦わせるというゲーム性と両立しづらくなっていた気がします。
「ポケモンがいる世界」はリアルになっても、「ポケモンバトルがある世界」はまだ具体化していなかった――そんなところに出てきたポケモン剣盾のジムチャレンジやチャンピオンというシステムは、ポケモンと暮らす世界にポケモンバトルをなじませる、実にうまい落とし所だったと思います。

ジムチャレンジの、夢見る駆け出しのポケモントレーナーが旅してバッジを集めるうちにだんだん有名になってファンができたりブロマイドが売られたりする感じ。僕はこっちの世界の高校野球みたいな感じをイメージしながらやってたんですけど、すごく楽しかったです。
毎回変顔したリーグカードばっかり作ってたんで最後の街で自分のリーグカードが一般販売されてると知って腰を抜かしました。

そして剣盾のもうひとつ好きなところは、青春群像劇としてのストーリーです。

旅の中で何度も戦うことになるポップ、マリィ、ビートのライバル達がストーリーを通じてそれぞれ人間的に成長していくところが大好きです。
特にポップ君が最後にトーナメントで主人公に負けたとき、初めて地団駄を踏んで悔しさを噛みしめる瞬間!今作で一番好きなシーンです。

この3人のライバルはずっと競い合うライバルでありながらも主人公との関係性は一定でなく変わっていくところもいいですよね。
ゲーム内の都合で主人公は彼らと戦うたびに勝利します。主人公はポケモンバトルの天才です。相手が次に何を出してくるか察知する能力まで持っています。
ですがこれがスパイスになって、ライバル達が「この天才とどう向き合うか、どう付き合うか」を見つけていくようになっているのが非常にうまい。

ポップ君にしてみりゃ兄貴に憧れて出てきたはずが隣の家から出発した同期がポケモンバトルの天才で、劣等感を抱いたり自分を見失うこともあったり。
ポップ君は無敗のチャンピオンである兄貴のダンデをロールモデルにしていっぱいマネしているのですが、兄貴が無敗のチャンピオンだからこそ「負け方」だけはロールモデルがなく、自分で見つけるしかなかったんでしょうね。

そしてポケモンバトルの天才である主人公は現チャンピオン・ダンデを破って新チャンピオンになるわけですが、その後のライバル達の進路まで描かれているところも素晴らしい。
ビート君とマリィちゃんがジムリーダーになり、そしてポップ君はクリア後のストーリーを経て研究者を目指すことを決めます。憧れの兄貴とは別の道、自分の道に進むと決めたところで本作2度目の「THE END」表示が出る。
ゲームとしての主人公は操作キャラ1人ですが、ストーリーとしての主人公はライバルたちも含めた4人だと思います。

そして2度目の「THE END」が消えて画面が戻ると、森の中に主人公だけが残っています。
ジムチャレンジを経て人間的に成長し、大人になって進路も決まった3人と比べて、自分は…?と一瞬切なさを感じました。ゲームをしていてこんな切なさを覚えるなんていつ以来でしょう。とても印象に残っています。

ゲーム内の主人公の物語が本当の意味で始まるのはそこからなのかもしれません。そしてきっと、主人公の分身であるプレイヤーも。
初代ポケモンで主人公が自宅のテレビに映るスタンド・バイ・ミーを見て「僕ももう行かなきゃ!」と思うように、剣盾をプレイした少年少女も同じことを思うのかなあ、なんて。