24/03/25 恩田陸 2割読者のセーブ地点

いま、手元に『恩田陸 白の劇場』があります。
この本は当時('21年3月)最新作として出た『灰の劇場』が恩田陸のちょうど70作目の著作になるということで同時に刊行されたムック本です。

書き下ろし小説や未収録エッセイ、デビュー作から付き合いのある編集者との対談や諸解説者による作品論考などなど盛りだくさんの1冊なのですが、その中に当時の全著作70作が刊行順にずらっと並べられているパートがあります。せっかくなので僕が読んだことのあるものを数えてみると第1作『六番目の小夜子』にはじまり1, 2, 4, 5, 6, 10, 11, 16, 17, 19, 24, 27, 30, 31の14作でした。ものの見事に前半に寄っています。

最初に読んだ恩田陸作品は第10作『麦の海に沈む果実』でした。中学生の頃、同じクラスの女子に貸してもらって読んだのを覚えています。めちゃくちゃ読書のセンスが良い子でしたね。乙一とか星新一とか小説版TRICKとかも当時彼女に借りて読んだのを覚えています。彼女は僕以外にもクラスの読書好きに本を貸していて、その子から供給された本を読んだ生徒たちでひとつの輪ができていました。僕のなかで恩田陸作品は、そんな最高の青春の読書体験の記憶とともにあります。

高校に進学してからは自分で買ったり図書館で借りたりして恩田陸作品を読んでいました。僕の読書人生において数少ない誇りたいことのひとつが「夜のピクニック(第27作)を高校生時分に読んだこと」です。あれは高校生の時に読むのが一番良いと信じています。

大学に入ってすぐの頃、映画系のサークルが新歓合宿をするというのに誘われて行ったのですが、合宿所へ向かうバスの中で隣の席になった同期生が恩田陸好きでした。本の感想で盛り上がったのですが、常野物語が全く刺さらなかったという話をしたところ同シリーズが一番好きだという彼と一気に気まずくなってしまったのを覚えています。大学で初めて踏んだ地雷でした。

成人してからは興味が移ったこともあって恩田陸を読むことは少なくなってしまい、「昔よく読んだ作家」になってしまっているのが現状です。
ですがこの『恩田陸 白の劇場』を読んでいると次から次へと見つかるんですね、まだ読んでいない面白そうな恩田陸作品が! 手元のメモにはこれから読みたいタイトルがいくつも並びました。

僕にとって恩田陸は最も多感な時期に読んできた作家です。
ここで一旦「恩田陸2割時点のセーブデータ」として現時点での冒険の書を書き出しておくことにします。(以下、#は著作通番)

#1『六番目の小夜子』
お気に入り度:★★★★★
三年に一度「サヨコ」と呼ばれる生徒を選ぶ奇妙なゲームが残っている地方の進学校が舞台で、そこに謎めいた転校生・津村小夜子が現れて学園というコミュニティが揺れはじめるというお話。この本も中学校時代に貸してもらって読みました。「処女作にはその作家のすべてがあらわれる」とはよく言われることですが、本作には恩田陸の持ち味の非常に多くがあらわれていると思います。特に実体のないもやもやしたものに名前をつけないまま描き続ける手腕は早くも一級品。
ところで対談の中で恩田陸は『六番目の小夜子』を書くまでは全然書いてなかったと言っているのですが、ホントだと思います? 私はあのパーソナリティーでそれまで何も書いてないわけがないと思ってるんですが…。

#2『球形の季節』
お気に入り度:★★
舞台となる地方都市では「エンドウさんが如月山に消える」という都市伝説が囁かれていて、高校生の登場人物たちがそれを推理するというはじまりなのですが、ある事件をきっかけに一気に展開が加速します。中学生当時の僕は本書の終わり方に納得がいかず、そしてその後も同じようなタイプの終わり方をする恩田陸作品を読むたびに読書ノートに「またやりやがった」と憤懣をぶちまけていました。

#4『三月は深き紅の淵を』
お気に入り度:★★★★★+
《三月は深き紅の淵を》という伝説的な本にまつわる4本の短編から成る短編集なのですが、作者の「書籍を持つこと、読書すること」への深い愛情がとても鮮やかに描き出された傑作です。
収録作で当時一番好きだったのは確か「出雲夜想曲」。今でも多分そう。女性編集者ふたりが噂でしか知らない伝説的な本《三月は深き紅の淵を》の作者を捜しに寝台特急出雲で松江へ行く話です。夜の旅って好きなんですよね。それにしても本書はおつまみの描写がめちゃくちゃ印象に残ります。「待っている人々」でシェフがサッと作るしゃれたおつまみも「出雲夜想曲」で寝台列車に持ち込むおつまみも、筆者の筆が乗りに乗っています。

#5『光の帝国 常野物語』
お気に入り度:★
「常野」という地から来た特別な能力を持つ人達の物語を描く短編連作。上述の通り、あまり刺さりませんでした。
大学時代に恩田陸がS. キングの『ファイアスターター』に熱中してカフェで一気読みしたという話をエッセイかなにかで読み、僕も読んでみたことがあるのですが、そんなにハマらなかったんですよね。そのへんの好みの違いが本作でモロに出たのではないかという気がします。恐らく本作のルーツのひとつなんじゃないかと思っている『七瀬ふたたび』も中学生時分に読んでなんか嫌だった覚えしかないんだよなあ。

#6『象と耳鳴り』
お気に入り度:★★★
数少ない社会人になってから読んだ恩田陸。元・判事を主人公とした連作短編ミステリなのですが、独特の魅力として「ああ、あのときのあれはこういうことだったんだ」と過去の謎にフッと解釈が訪れる"瞬間"を描く作品が多いです。僕はミステリで「あるひとつの気づきによって景色がガラッと変わる瞬間」が大好きなのですが、本作はその瞬間の火花そのものをメインコンテンツとしているというか。初期恩田陸の湧出量と稚気が存分に発揮された作品という印象です。

#10『麦の海に沈む果実』
お気に入り度:★★★★★+
湿原地帯に建てられた全寮制の学園、そこには「三月以外の転校生は破滅をもたらす」という伝説があったのですが、主人公・水野理瀬が二月最後の日に転校するところから物語は始まります。ルームメイトとの寮生活や学園生徒の縦割り班のような「ファミリー」制度、そこで行われる秘密のゲームなど、もうシビれるくらいに神秘的で耽美的。どこまでも続く湿原に囲まれた孤島のような学園の秘密や不可解な現象など魅力的な謎を追う中盤から衝撃の連続の終盤まで、ひたすら魅力が詰まりに詰まった芳醇な物語です。こんなのを中学生で読んだんだからそれはもう一発で参ってしまいます。
本書に登場する憂理という人物が自身の名前について「ことわりを憂う。いい名前でしょ」と言っているのがやけに印象に残っていました。当時は憂の字を名前に使うことにインパクトをおぼえたのですが、今は割と目にするようになりましたね。

#11『上と外』
お気に入り度:★★★★
中央アメリカの亡国でクーデターに巻き込まれ、なんやかやあって中学生の兄妹が親とはぐれてジャングルをさまようことになるというのが発端のお話。一応この世界を舞台にしているとはいえかなりファンタジックな話で、展開も結構都合の良いところが多いのですが、物語全体を通して「都合の良さ」が一定していることや、その都合の良さが中学生兄妹の冒険を後押ししていることから、長めの児童小説のようでワクワクしながら終始楽しく読めました。ラストの展開もちゃんとそれまで展開してきたファンタジーと都合の良さをちゃんと裏切らないもので好み。

#16『黒と茶の幻想』
お気に入り度:★★★★
かつて同級生だった男女4人が屋久島がモデルであろう島へ行き、縄文杉を見るためにひたすら歩くお話。この「かつての同級生が大人になってから」というのが一番おいしいところで、かつての関係や感情が風化していて「青春の後日談」のような趣もあったり。それぞれ秘密を持った4人の過去が少しずつ明かされていくという構成も、4人が順番に視点人物となる4章構成も、身震いするほど魅力的。目次の時点でこの構成がわかるのが実に良くて、読みながら後のことがどんどん気になっちゃいます。
「黒と茶の幻想」というタイトルは『三月は深き紅の淵を』の中で幻の本のワンパートだと語られていたもので、ああしてハードルを上げまくったのにちゃんと書いたの、すごいですよね。

#17『図書室の海』
お気に入り度:★★★★
短編小説10本からなる短編集です。「任意の配合で混ぜると恩田陸作品になるエキス」の小壜が並んでいるような感じで、特にノスタルジーに関してはそれ単体を抽出したかのような原液に近いものが見られます。収録作の並び順がまたいいんですよねえ。最後に収録された「ノスタルジア」の淡く遠い後味は今でも印象に残っています。『六番目の小夜子』『麦の海に沈む果実』『夜のピクニック』と大好きな作品群の外伝的な短編を読めたのも嬉しかったです。

#19『ロミオとロミオは永遠に』
お気に入り度:★★★
最初に読了作を数えたときには読んだことを完全に忘れていました。紹介を読んで「あー、あの電話ボックスのやつ!」と思い出しました。そうだ、これも確か中学生時代に貸してもらって面白かったはず。あらすじを全部忘れていても電話ボックスだけはなぜか覚えている作品です。恩田陸はビジュアルの作家だよなあ。

#24『黄昏の百合の骨』
お気に入り度:★★★
『麦の海に沈む果実』の主人公・水野理瀬が再び主人公となる続編とあって大興奮でハードカバーを読んだことを覚えています。「魔女の家」と呼ばれる美しくも不気味な洋館に住むことになった彼女が血の繋がらない叔母や従兄弟ら親戚とすり足で間合いを計り合うような展開がずっと続く話。理瀬がめちゃくちゃタフになっているのでほとんどの登場人物が格下になっており、前作とは全く読み味が違います。

#27『夜のピクニック』
お気に入り度:★★★★★
主人公の通う高校には全校生徒が夜を徹して80kmを歩く伝統行事「歩行祭」があり、高校3年生の主人公は自身最後となるこの行事にある決意を秘めて臨みます。ただひたすら歩く、ただそれだけなのに会話や思索が過去や現在、そして未来までもを登場人物たちの心に、声に、そして読者にとっては紙面に浮かび上がらせるんですね。「夜を歩くだけ」という行為の持つ余白が絶妙なのです。この余白を80km分積み上げて、そこに青春という一言では収まりきらない形のないものを描きだす。僕の中で熱を持ち続ける「ロマンチック」の鉱石のひとつに「夜を明かして一緒に歩き続けること」があるのですが、そのルーツのひとつはもしかしたら本書かもしれません。

#30『酩酊混乱紀行「恐怖の報酬」日記』
お気に入り度:★★
筆者のアイルランド旅行に関するエッセイです。飛行機がめちゃくちゃ苦手な恩田陸が行く前からずっとおびえていることと飛行機で読む本を選ぶ描写がとても楽しそうで印象に残っています。

#31『小説以外』
お気に入り度:★★★
タイトルの通り、恩田陸の小説以外の文章をあつめた一冊。主に雑誌に寄稿されたエッセイが収録されているのですが、どれも1~4ページ程度と短く、すらすら楽しく読めちゃいます。特に恩田陸が具体的に本の名前を挙げて語っているものが良く、ランキングに挙がっていた書名をいくつもメモしたことを覚えています。…今とやってることが変わらない!