24/05/19 【感想】探偵AIのリアル・ディープラーニング

早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』を読みました。

人工知能の研究者を父親に持つ主人公がその父を殺され、彼の残した「探偵AI」と共に事件に挑むという出だしからはじまるミステリ短編集です。SFの成分も入っており、「探偵AI」をはじめとした独特の世界観が構成されています。
探偵AIと対になるべく開発された「犯人AI」が人工知能による世界転覆を企む秘密結社に奪われ対決形式となるなどライトな設定ながら、AI特有の問題を組み合わせたミステリ部分はしっかりしており、パラメータ調整の行き届いた全体構成になっていると感じました。

たとえば第一話は「フレーム問題」を扱っています。フレーム問題とは人工知能が「今からしようとしていることに関係のあることがらだけを選び出すことが,実は非常に難しいという問題」のことなのですが(人工知能学会HPから引用)、実際の事件のトリックを探偵AIに考えさせようとすると現実世界における無数の要素の中から関係するものだけを考慮するのが難しいという形で描写されます。
ミステリにおいてはずばり「わざわざ書かれていることだけが考慮を要する要素」なのですが、ここについてミステリの中で突っ込むということでミステリという形式に対する皮肉としても立ち上がってくるのが面白いところです。

AI周りの設定はかなりファンタジーも入っているのですが、謎と解決におけるリアリティレベルが一貫しているので推理のパズルとしてちゃんと水平線が保たれているのが好印象です。

総じてストレスなく読める、楽しい1冊でした。

本書の後もシリーズが出ているみたいなんですが、この本のポジションとしては探偵ガリレオシリーズの一番最初に出た短編集みたいなところなのかな。

下は各話のネタバレ感想です。


ここからネタバレ


第一話 フレーム問題 AIさんは考えすぎる

フレーミング問題を後期クイーン問題と絡めてたのが抜群に良かったなあ。これを思いついたことで手応えを得た作品だったんじゃないかとすら思ってしまいます。

第二話 シンボルグラウンディング問題 AIさんはシマウマを理解できない

ハッハッハッハッハッハッハ!!!

…の一言だけで終わろうと思ったんですが面白かったのでもう少し書くと、この問題でこの一発ネタをこしらえてくるのは稚気にあふれていて大変好いたらしい。嬉しい一編です。

第三話 不気味の谷 AIさんは人間に限りなく近付く瞬間、不気味になる

ナラティブな説明をされたり暗合を見つけたりすると信じてしまいやすいというのは人間の脆弱性のはずですが、推理小説で学習した相以がまさにその穴に落ちてしまうとは。実際、ミステリっぽい推理であり、ミステリで探偵が誤ってしまいそうな推理でした。具体的にはエラリイ・クイーンが…。
この回の相以の推理に対してはこう言うのが最も正しいように思います。

「面白い推理だ、探偵さん。小説家にでもなるといい」

第四話 不気味の谷2 AIさん、谷を越える

今度は密室殺人とUFOという不可能犯罪と怪奇現象が豪快に解き明かされる短編。この短編集は本当に外連味に振ってやりたいことを存分にやってくれますねえ。

第五話 中国語の部屋 AIさんは本当に人の心を理解しているのか

チューリング・テストもどきの難題はどう突破するのかと惹きつけられましたし、どんでん返しも面白かったです。
上でも書きましたが、本書はずっとサイエンス・フィクションみを安定して纏っているため、謎解き部分で急に都合の良い設定が降って湧いたような印象をあまり与えないのがよくできていると思います。