24/09/23 【感想】処刑台広場の女
マーティン・エドワーズ『処刑台広場の女』を読みました。
おもしれー! 文庫版で600ページにもなんなんとする本作ですが、面白さのタイプとしてはむしろ短距離走を繰り返しながら謎と世界を展開していく週間連載漫画タイプ。
舞台は1930年のロンドン、レイチェル・サヴァナクという貴婦人をジェイコブ・フリントという新聞記者が訪ねて取材を試みるところから物語は始まります。
ハヤカワ文庫がつけてくれているカバー折り返しの登場人物一覧の一番上にレイチェルの名はあります。「レイチェル・サヴァナク…………名探偵」。
しかしすぐに読者は名探偵レイチェル・サヴァナクが一筋縄ではいかないことを知ります。警視庁に難事件の「解決」を提供している彼女は、実は自ら突き止めた「犯人」を死に追いやっているのです。
ここからはじまるのが謎の貴婦人レイチェル視点と事件を追う新聞記者ジェイコブ視点が切り替わるジェットコースター・サスペンス!
本書の謎は個々の事件の犯人ではなく、次々起きる連続殺人事件の全容はいかようなものかということと、その構図のどこにレイチェルがいるのかということ。ずばり「レイチェルとは何者か?」が最大の謎にして最大の興味になっているのです。
そしてレイチェルがこの本書最大の謎と興味を背負って立つに余りあるほど魅力的なキャラクターなのです! 深い教養と素早い頭の回転、冷酷なまでの胆力に暴漢を投げ飛ばす体術までも極めた傑物。名判事を父に持ち富豪であり美女でもある彼女がイギリス上流階級のお歴々と交わす、一見穏やかなようで水面下でひりつくようなやりとりの緊張感がたまりません。
それにしても、「1930年のロンドン」という舞台の「人物紹介に『名探偵』としか書かれていない人物を登場させてよさ」みたいなものは並々なりませんね。本邦における大正ロマンのような、快傑の存在が是認される時代。本作の場合は怪傑なわけですが。世界大戦や世界恐慌の存在がアイデンティティの混乱と事件の火種のセッティングを行う装置として便利に機能する点も勿論見逃せません。また本書はスペイン風邪の流行もうまくとりいれられていました。
最初から最後までずっと面白い、上質なエンタメでした。
今年の夏に続刊も出たそうなので、そっちもぜひ読んでみたいな。