24/12/02 【感想】アルカトラズ幻想

島田荘司『アルカトラズ幻想』を読みました。

面白かった!!
島田荘司が書いた小説だからミステリにカテゴライズされてますけど、そうじゃなかったらこのカテゴリにはいないかもしれない。完全に規格外の小説です。文庫版下巻の紹介にある「天衣無縫」の語はまさに本書を表すにぴったりではないでしょうか。

全4章から成る本書はワシントDC近郊で発生した意図不明の猟奇事件から幕を開けます。動機が一切不明な犯人を追う警察小説としてストーリーは展開していくのですが、ここに第2章で突如「重力論文」と題する古生物学の主張が挿入されます。なぜ重力と恐竜に関する論文が事件に関係してくるのか。そして第3章を経て第4章へ至るとまさに本書は天衣無縫の域に至るのです。
島田荘司の志したミステリのひとつの完成形がここにあったと思います。

この超展開を成り立たせている、島田荘司ってめちゃくちゃ語りがうまいんですよね。美麗な文や緻密な描写を見せるわけではないのですが、書かれているものを「そういうもの」として読ませる、引き込む力がすごい。
1章で警察小説をやっているときは警察小説として読ませますし、2章で恐竜のことを論じているときはその論に引き込む。

個人的に島田荘司は「手記の人」だと思っています。手記を書かせたら天下一品。傑作と名高い『占星術殺人事件』も『異邦の騎士』も手記がめちゃくちゃ効果的に読者を物語へ引き込んでいます。僕はまだ読んだことがないのですが、吉敷竹史シリーズにも手記ものの傑作があると聞きます。

突然論文が挿入される規格外のミステリと聞くと『ドグラ・マグラ』を連想する人は多いのではないかと思いますが、夢野久作も島田荘司とは違った形で手記形式の腕力がすさまじい人でした。
本書『アルカトラズ幻想』も夢野久作の奇書と同じく叙述の怪腕を振るって異次元の大伽藍を屹立させた怪作です。

以降はネタバレ感想です。


アルカトラズ幻想 そうさ夢だけは~ 誰も奪えない心の翼だから~


パンプキン王国で身体が軽く動きやすいように感じたのは、バーナードの自認はアルカトラズ収監時代のヒョロガリのままで肉体は3年間軍で訓練を受けたものだったからだったんですね。よくできてるなあ。そしてこれが地底王国や重力論文を連想させていく奇想の組み立てときたら。

自分で言うのもなんですが、僕は島田荘司の良いお客さんだと思います。『異邦の騎士』を読んでるときにはしっかり手記に踊らされて胸糞悪くなりましたし(首がカクつく描写すごくないですか?)、『ネジ式ザゼツキー』を読んでるときにはしっかり気持ち悪くなりました(ちょっと熱も出しました)。
そして本書にもザワつきましたねえ! 4章に差し込まれる無機質な「V605、PUMPKIN」のアナウンスがめちゃくちゃ不気味。

ただ良いお客さんでありながら、実を言うと10年以上前に島田荘司のこうした幻覚テーマに辟易して読むのをやめちゃってたんですよね。確か読んだ作品が2作連続で「脳の見せる幻覚でした~!」ってオチだったときに「…もういいか!」ってなっちゃったんですよ。この2連続の1作目がなんだったかは覚えているのですが2作目に至っては何を読んだんだったかも覚えてなかったり。

というわけで本書を激賞する声なんかを聞きつつも今まで手を出さずにいたのですが…これは読んで良かった!
文庫版解説で伊坂幸太郎が

『■■■■■■■■』や『■■■■■■■■』『■■■■』もそういう系列なんですけれど、スケールの大きさや、完成度の面で、それらの作品群のひとつの到達点のようにも感じます。

島田荘司『アルカトラズ幻想 下』文春文庫; 作品名は僕が伏せました。

と言っているのには大いに同感です。
純粋に完成度が一、二段上であるとも思うのですが、シンプルに御手洗潔がいなかったというのが大きかったんじゃないかという気もします。探偵役である彼によって脳科学の見地から解明・説明されると、却って牽強附会に見えるんですよね。
翻って本書は探偵役がおらず、読者自身が読んできたものを当てはめていく方式で着地できたのが腹落ちの良さにつながっていたと思います。説明されて繋げられたものよりも自分で繋げたロジックの方が人は信じやすいもの。

なのでわざわざ脳科学者になった御手洗には申し訳ないのですが、島田荘司が長年志してきたこのテーマって「最後に御手洗を抜いて完成」だったんじゃないかな…と。

マイベスト島田荘司は『占星術殺人事件』が強すぎて動かせないんですが、次点は『アルカトラズ幻想』になったかも。いやあ、面白かったです。