23/06/20 【感想】自由研究には向かない殺人
ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』を読みました。
楽しかった…! 600ページ近くのあいだ、一度も退屈しませんでした。
阿津川辰海が「ハッキリ言って、全編が面白い」と書いていますが、めちゃくちゃ分かります。ミステリを読む根源的な楽しみがこの小説にはあります。
探偵行為を行っていることそのものが楽しい。
これって探偵小説であることの一番生(き)の旨みで、
作中における手がかりの開示がただ情報を紙面に書き出すだけの行為でなく、ちゃんと『探偵の捜査』として実装されていること
作中の探偵役キャラクターが読者の依り代になっていること
がきちんと達成されているから生まれている楽しみなんですよね。
主人公のピップはいわゆる優等生な高校生。
ほんとにただの今どきの高校生でしかないので警察官の親戚もいないし海外からヒントをくれる姉もいないしキック力増強シューズもないんですが、一方で「今どきの高校生」ではあり、そしてその立場でできる手段を駆使していきます。
被害者のFacebookのログを遡ったり、警察に開示請求を送ったり、BBCの取材のフリをしてメールを送ってみたり。
この地に足のついた調査パートの「本当にできそう」な感じが良い。
「イギリスの小さなコミュニティ内で起きた殺人事件を再調査して無罪を証明しようとする」というエルキュール・ポアロが出てきそうな建付けでありながら時代だけリアルな2017年というギャップにゾクゾクしてしまいます。
そして調査で新しい情報が得られるたびにピップの書く調査レポートが紙面に挿入されます。そこで彼女は情報を整理し、その時点での彼女の推理を書き、容疑者リストを随時更新していきます。
この随時情報が整理され推理が開陳されるというのが高いリーダビリティーにつながっているというのはもちろんのこと、調査レポートを書くピップの筆致が「気取って」るのが実に良いんですよ! 私は探偵で、私が読んできたミステリ小説の一人称視点のような文章を書くのだというような気概が見えるようで…もう好き!
この探偵の感情移入を促す力はすさまじく、生前被害者が住んでいた家に忍び込んで証拠を探そうとしはじめたときには読んでるだけで怖くって一旦本を閉じちゃいました。
これってすごくないですか? ハードボイルド小説で探偵が家に忍び込んだりしたら悪党に後ろからブン殴られて生命の危機に陥ったりするのに、こんなに怖いと感じたことはありません。主人公のピップはただの優等生な高校生なのに、これでもし忍び込んでるところを見つかったら色々なことが「終わって」しまうというリアルな怖さがあるんですよね。
「ヤバいよピップ、やめときなって!」って口に出してしまいそうな、めちゃくちゃ「いい読者」になってしまいました。
ただ勇気を出して読み進めてみると、またこれがいいんですよ!
ミステリにおける僕の好物の一つに「部屋の捜索」があります。
持ち主のいない、時間の止まった部屋を探偵が調べるシーンがツボなんですよ。『フランス白粉の謎』とか大好き!
ピップも被害者宅に忍び込んで部屋を探そうとするのですが、そのときの描写が最高にふるっているのです。
良すぎる~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!
ミステリを読んでいて本当にうれしい時って、推理が当たった時でも超絶技巧のトリックに出会った時でもなく、こういう瞬間に立ち会えた時なのかもしれなません。ミステリの一番脂がのっている部分って、実は真相そのものでなく「真相の数メートル手前」なのかも。
立て続けに自分の個人的な好みの話ばっかりで恐縮なんですが、僕の一番好きなミステリはP・D・ジェイムズの『女には向かない職業』です。
最初に読んだのは確か中学時代。あの終盤の息もつかせぬ展開を、深夜こっそり台所で灯りをつけて親にバレないようにして読んだことを覚えています(自分の部屋を持ってなかったので…)。
本作の日本語版タイトルが露骨に寄せてきていますが(原題は寄ってません)、ものの見事に『女には向かない職業』を読んでるとき反応する細胞がワイワイ元気になりましたね!
『女には向かない職業』の刊行は半世紀前の1972年、主人公コーデリア・グレイは私立探偵を営む共同経営者を失い、ひとりで探偵をすることになります。若い女性である彼女が、共同経営者の遺した拳銃を取り出し、当時は誰が見ても「女には向かない職業」だった私立探偵をするという出だしがもう最高な作品。僕は「最高のバディもの」を問われてもこの作品を挙げますとも。
そしてこの『女には向かない職業』もまた、警察による捜査が終わっている死の真相を調べなおすためケンブリッジ郊外の田舎町を舞台に学校周辺で調査をするという話なんですよね。
コーデリア・グレイはケンブリッジに進学する直前で父親によって連れ去られたという背景もあって、ケンブリッジで青春を謳歌する大学生を見るときの文章は彩度の高い光景を描きながらどこか曇って見えるような印象を与えていました(このあたりP・D・ジェイムズの原文と小泉喜美子の翻訳がバツグンです)。このなんともいえない湿度が最高の味付けになっていました。
一方、本作のピップはもっと元気です。友人のツテでいかにもパリピなパーティーに潜入し(しかも家族にはウチの娘もやっと羽目を外すことを覚えたと喜ばれ)、注がれた酒をこっそり流しに捨てながら健気に聞き込みを行うのです。どうしてこの等身大の探偵を好きにならずにいられようか!
ああ、この作品の終盤を、巻を措く能わずキッチンの灯りで読み進める子供がいてほしいなあ。いや間違いなくいるね。
何が嬉しいってこの『自由研究には向かない殺人』、児童文学の権威ある賞であるカーネギー賞の候補になってるんです。こういう本が児童書として評価されてるの、めちゃくちゃクールですし、とっても嬉しいです。
イギリスのミステリの未来はこの上なく明るいですね! 向こう数十年は上質なミステリ作家を輩出してくれることでしょう。