24/12/09 【感想】鈍色幻視行

「みんな、どこかに真実があると思ってる。それも、卵の殻を剝くみたいに何かをがしたら、その下に、つるっとした実体のある、動かしがたい『真実』があると思ってる」

恩田陸『鈍色幻視行』

恩田陸『鈍色幻視行』を読みました。うーん満足。

今年の3月に僕が読んだことのある恩田陸作品群を振り返って改めて思ったのですが、僕はやっぱり『三月は深き紅の淵を』が好き。中でも「出雲夜想曲」が好き。

そして『鈍色幻視行』を読み始めてめちゃくちゃ興奮したんですよ。「これもしかして、長編の出雲夜想曲ですか!?」って。

謎と秘密を乗せて、今、長い航海が始まる。

撮影中の事故により三たび映像化が頓挫した“呪われた”小説『夜果つるところ』と、その著者・飯合梓の謎を追う小説家の蕗谷梢は、関係者が一堂に会するクルーズ旅行に夫・雅春とともに参加した。船上では、映画監督の角替、映画プロデューサーの進藤、編集者の島崎、漫画家ユニット・真鍋姉妹など、『夜~』にひとかたならぬ思いを持つ面々が、梢の取材に応えて語り出す。次々と現れる新事実と新解釈。旅の半ば、『夜~』を読み返した梢は、ある違和感を覚えて──

鈍色幻視行 | 集英社の月刊文芸誌「すばる」

作者が行方不明で熱狂的なファンがいるいわくつきの小説『夜果つるところ』の謎を追う取材をするべく船旅へ。出雲夜想曲、出雲夜想曲だよなあ!
ひとかどの人達が触れてきた芸術の話で盛り上がったり世相を愚痴ったりするあたりは「待っている人々」っぽくもあったり、視点人物を変えながら共通の過去が照らされていくあたりは『黒と茶の幻想』っぽくもあったり。

そう、本書はいうなれば多彩な球種を持つ恩田陸がとにかく得意な球種に寄せて長編を投げきった1作です。MLBだと投手が球種ごとのバリューを分析して効果が出ているものの割合を増やすことで一気に化けたりといった例がよくありますが、あれを連想しました。
もう本書の前半分ってずっと話を広げてるだけなんですけど、それが読んでいて楽しいんですよねえ。こっちも恩田陸作品を読むのは初めてじゃないのでこの広げた風呂敷が全て回収されるわけじゃないのは知ってるんですけど、もうそこは承知の上で楽しめてる。具が全然出てこなくても「皮だけ食べたい」という需要がかなってる。
雑誌や新聞で連載していた小説って単行本になっても「この回は手なりで埋めたな」ってわかる回があるものですが、本書に関しては手なり部分をずっと食べていたいくらいなので単純に麺増量サービスになってます。

全然本編の内容の話をしていないのもなんなんですけど、この本ってなんというか「読んだ感想まで本編中に書いてある」感じがするんですよね。なのでもう今さら僕は何も言わなくていいかな、みたいな。
いやあ、良い読書でした。恩田陸は1年に1冊読みたい作家ですね。

それにしても恩田陸、四半世紀も作家やっててずっと男性キャラの性癖が変わってなくてすごいですね…。