24/04/03 【感想】阿津川辰海 読書日記~かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉
ジャーロというミステリー雑誌があるのですが、そのHPでオンライン連載されている「阿津川辰海 読書日記」というエッセイが大層おもしろいんです。
海外駐在中はこのエッセイを読んでミステリ欲を滾らせていたのですが、お世話になった(?)お礼も兼ねて連載をまとめた単行本を読みました。
本書の大半を占める第1部が「阿津川辰海 読書日記」のまとめになっています。ジャーロの連載では「ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?」とカンムリをつけていることからもわかるように、先達たちのミステリおよびその語りに対する愛を全力で叫んでいる連載です。
最初は800字程度の文字数を意識していたのが次第にタガが外れてどんどんボリュームがマシマシになっていくさまは圧巻。本書記述によると“とある書評家をして、「書評界の『ラーメン二郎』」と言わしめた”そうですが、まさに言いえて妙。
その特徴はなんといっても次から次へとタイトルの出てくる語り。何を語っていても事例がどんどん出てくる。二十代にして並のミステリファンの生涯読書量をとうに上回っているのではないかと思うような脳内蔵書から繰り出されるは上の引用にあるように362名の1,018作品! 僕、こういうタイトルのいっぱい出てくるタイプの語りが大大大好きなんですよね。
本書ではこの第1部だけ2段組になっています。全35回、ギチギチに詰め込まれること227ページ。まさに「怒涛の熱量」の看板に偽りなし。
特に好きなのが第23回「海外本格ミステリー頂上決戦」の回。ホリー・ジャクスン『自由研究には向かない殺人』を取り上げた回で、Web連載で読んだこの回に後押しされて僕も当該作品を読みました。
「『自由研究には向かない殺人』を読むという体験」を書き起こしたものとしてこのエッセイは最高のものです。ぜひWeb連載版ででも読んでみてもらいたいところ。
ただこの回のタイトルがなんで「海外本格ミステリー頂上決戦」なのかというと、毎年の「このミステリーがすごい!」の投票締切が迫る頃に書かれたことに由来しています。
筆者は「赤コーナー」としてアンソニー・ホロヴィッツ『ヨルガオ殺人事件』、「青コーナー」としてリチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』を挙げてまずこの両者についてこってり語ってるんですよ!『ヨルガオ』の方では当然前作『カササギ』から語りまくっていて、ここまでで既に8ページ。
そしてこの両者の決戦に割って入るダークホースとして『自由研究には向かない殺人』が登場するのです。そりゃあ長くなるわけだって!
こんな調子でもうとにかく毎回語りに語りまくってます。最高ですね。
第2部は筆者がミステリの文庫に寄せた解説文が収録されています。第1部の連載のなかで「~の解説を書きました」という話がちょくちょく出るので、その解説を読めるのが嬉しい。解説がどんどん上手くなっているのもわかります。
読んでいて面白く感じたのが、不思議と解説の方はあまりグイグイくる感じがしないんですよね。文庫本についている解説というのは、それを読んでいる時点で「その本を手に取り、開くことすらしている」という状況にあるものなので、そういった人に向けて書かれたものを文章だけ別媒体で読むと距離感がだいぶ変わるんだなと感じました。
第3部は「それ以外のエッセイ」。小冊子や雑誌などに寄稿された小粒なものなのですが、めちゃくちゃ奔放にやっててこれまた最高に愉快です。
アイマスPだってこともアイマスライブに行く人だってことも『透明人間は密室に潜む』のあとがきで知ってたけど、百瀬莉緒Pとしてミリオンの6thライブ福岡に参戦して「昏き星、遠い月」に参ってしまったことまでこってり書かれると笑っちゃうよ。アガサ・クリスティー作品を現代風にアレンジしてアニメ化するならどんな声優さんを当てるかの妄想を延々書いていたときはサイゼリヤかと思いました。「あの犯人は照井春佳に櫻井桃華の声で当てて欲しい」って言ってるのが誰のことか、なんかわかる気がするぞ…! あの犯人、地の文で言ってることとは裏腹にやたらかわいく想像しちゃいますよねえ…いや本当にその犯人かはわかりませんが…。
ちなみに第3部の個人的ベストは「忘れられた犯人」。
「読書日記」の連載開始は2020年の秋で本書の刊行は2022年の夏。この手のまとめ本としては異例のスピード展開です。これも超ハイカロリーな連載のなせるわざ。読書日記も「採れたて本!」も連載が続いているのでもうまたすぐ単行本を出せる量が溜まりそうで、今から楽しみです。
最近でもWeb版の方において、「失恋名探偵」という新シリーズの連作を始めたことを報告するくだりで、
と書かれていて、その守備範囲に改めて畏敬の念を覚えました。こうして広いレンジをフラットに読める人って靭やかだよなあ。