21/09/06 【感想】リバーサイド・チルドレン

梓崎優の長編『リバーサイド・チルドレン』を読みました。

ストリートチルドレンを襲う動機不明の連続殺人。安息を奪われた少年が辿り着いた結末とは? 激賞を浴びた『叫びと祈り』から三年、カンボジアを舞台に贈る鎮魂と再生の書。
(東京創元社HP内作品ページより引用)

名状しがたい、不思議な印象を残す作品です。
全体として、要素単位で見るとちゃんと一通り拾われているはずなのに、どこか未完成な印象を持ちました。上記のあらすじも正しい、確かにこう言うしかない作品なんですけど、でもそれだけじゃない。

ローティーンと思われる少年ミサキの目を通して描かれる世界は視野が狭く、情報の濃淡が極端にはっきりしています。
話のほとんどは「小屋」「川」「山」「市場」とだけ呼ばれるいくつかの場所だけで展開し、同じストリート・チルドレンは服装や顔の描写が細かいのに対して「黒」と呼ばれる警官やNGO職員のヨシコなど彼らの世界の外側にいる存在に対しては描写が大幅に省略されています。
この限定的な視野と情報量レベルで区別された「彼らの世界」と「彼らの外の世界」の濃淡が、どれだけ書き込まれても不思議と現実感が伴わない独特な読み口を生んでいると思います。

そしてこの読み口は、梓崎優が鮮烈なデビューを果たした処女短編集『叫びと祈り』とも共通しています。
読み終えた感じとしては、「長編なんだけどすごく『叫びと祈り』っぽい」。読んでる途中は全く思わなかったのですが、読み終えて思い返してみるとすごく似ています。

それと同時に、すごく「短編でデビューした作家の初長編」だな、とも…。短編を膨らましたりなにかくっつけたりして長編にしたような印象。泡坂妻夫の『11枚のとらんぷ』とかが顕著ですが、短編に凄まじい切れ味を見せてデビューしたミステリ作家には割と見られる傾向です。泡坂妻夫はその後長編でも傑作をいくつも送り出しているので(『湖底のまつり』大好き!)、梓崎優も長編に慣れて次はもっとスゴいものを書いてくれるのではないかと期待しています。

3段落下からはネタバレ感想。

ネタバレ部分がスクロール中に視界に飛び込んでしまわないようにちょっと尺を稼ぐんですけど、梓崎優はデビュー作の『叫びと祈り』が素晴らしい傑作でした。特に現代の古典とまで評される「砂漠を走る船の道」がミステリとして秀逸なんですが、他の短編も謎の見せ方がうまくて興味の惹き方が上手。ミステリ偏差値の高い作品だと思います。そしてタイトルにもなっている短編「叫び」と「祈り」が巻末に配置され、短編集として完成している。実は某動画シリーズで紹介する候補リストの上の方にいました。
その後アンソロジーに寄稿した短編「スプリング・ハズ・カム」(こっちは感想をnoteで書きました)でもその才能は光り輝いています。アンソロジーへの寄稿なのに「短編集センス」を炸裂させているのがすごい。

ただこの梓崎優、とーっても寡作!!2008年にデビューしてから単行本は『叫びと祈り』と『リバーサイド・チルドレン』の2冊しか出ていません。
ですがなんと今年12月に「スプリング・ハズ・カム」も収録した新短編集が出るとか!ウオーッ楽しみ!!

*   *   *

一応「意外な犯人」モノでありつつもミステリとしての打点は「人間であることを証明するための見立て殺人だったのだ!」という動機に依存している本作ですが、なんとも評価が難しい…。
この異常な動機を成立させるためにストリート・チルドレンの描写に紙幅を割いているのですが、その描写には上述したような現実感のなさがあり、その結果としてホワイダニットの説得力を十分稼ぎきれていない感があります。なんか「確かに説明はされたけど…」という納得するようなしないような感じ。
もちろん納得させることが目的なのでなく「理外の動機」であることそのものが物語としての迫力になるようなつくりになっているのは『叫びと祈り』の諸短編とも共通しているのですが…。
なんだろうなぁ、ちゃんとやることは全部やってるんだけどなあ…。「映画の話」って突然差し込まれたり、「黒」の言動があまりにテンプレ的だったり、なんだか「感情がついてこない」んですよねー…。
あ、でもゴーレムの話は面白かったです。

ところで本編で実質的な謎解き役として終盤に登場した「旅人」はやっぱり『叫びと祈り』の斉木なんでしょうか?