24/11/25 【感想】刑罰

フェルディナント・フォン・シーラッハ『刑罰』を読みました。

赤ん坊を死なせた夫の罪を肩代わりし、3年後に出所の日を迎えた母親。静寂の中で余生を暮らし、夏の終わりに小銃に弾を込めた湖畔の住人──唐突に訪れる犯罪の瞬間には、彼ら彼女らの人生が異様な迫力をもってあふれだす。刑事専門の弁護士であり、デビュー作『犯罪』で本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いた当代随一の短篇の名手が、罪と罰の在り方を鮮烈に問う12の物語。

刑罰 - フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一 訳|東京創元社

この「唐突に訪れる犯罪の瞬間には、彼ら彼女らの人生が異様な迫力をもってあふれだす」って表現いいですね。本書をあらわす言葉としてかなり的確。

作者のシーラッハは長く刑事事件弁護士として活躍したドイツ屈指の弁護士です。そんな彼が自身の関わった事件をベースにして物語集を刊行したのが45歳のとき。その第一短編集『犯罪』は2011年に日本でも発売されたのですが、当時その凄まじい切れ味におののいたことを覚えています。第ニ短編集『罪悪』では情報の出し方で読者を欺く技術がさらに進化していて、独特の切れ味に磨きがかかっていました。
そして続く第三短編集にあたる本書では、上の紹介にあるように「迫力」の部分が強く出ていたと思います。
個人的に一番好きだった収録話は「逆さ」かなー。

本書前半において特に意識させられたのが、物語において司法の果たす役割です。

通常の現代を舞台とする小説において、法はあくまで枠組み、外部のルールでしかない…存在感の希薄なシステムとして存在している事が多いです。
一方、この短編集を読んでいると法が他の小説における運命のような位置にあることを感じます。
しかし通常の小説で登場人物の意思や行動よりもずっと上のレイヤーで物語を動かしてしまう運命はどうしても作者の「都合」を感じさせてしまうのに対し、本作において運命のように振る舞う法は都合を一切感じさせません。これこそが本シリーズのストーリーテリングの卓越している部分だと思います。
本書では人間の感情はもちろんのこと、真実や善悪といったものよりも更に上位の存在として「司法」がいます。そしてこれを意識させることが後半効いてきて、最終話の収束へと向かっていくようになっています。

それにしても、特にこの前半部を読んでいるとたびたび思うのが、「ドイツ人だなあ…」ということ。いわゆるステレオタイプのドイツ人です。具体的には言いますまい。
ただ、こう感じるのはきっと、法という絶対的な運命が支配する世界観を通して物語を読んでいるからなのでしょうね。実際、法による介入が希薄な話では「ドイツ人だなあ」感もなりをひそめます。法が人をドイツ人にするのかもしれません。