24/12/17 【感想】イラク水滸伝
高野秀行『イラク水滸伝』を読みました。
現代最古のカオスとも称されるイラク湖沼地帯・アフワールに飛び込んで現地調査を行った本書は、もうハチャメチャに面白い。
古代シュメール文明の昔から湖沼地帯はアウトローの住む場所だったそうで…というのも文明の興りは定住にあり、定住は農業に端を発するので、農業に適さず水牛を飼って遊牧生活のようなことをしていた湿地帯の民は人類最古の文明が起こったメソポタミアの地にあってその外側にいた存在だったそうな。
そしてこの湖沼地帯アフワールは馬もラクダも戦車も立ち入ることができないという立地条件から巨大な軍勢が入ることができず、それゆえに体制に対する反乱分子の温床となり続け独特のアウトロー文化を紡いできたそうです。本書のタイトル『イラク水滸伝』はもちろん、悪政がはびこる宋代に町を追われた豪傑たちが湿地帯に集結し政府軍と戦う中国の物語『水滸伝』になぞらえたものです。
中国四大奇書『水滸伝』は、悪政がはびこる宋代に町を追われた豪傑たちが湿地帯に集結し政府軍と戦う物語だが、世界史上には、このようなレジスタンス的な、あるいはアナーキー的な湿地帯がいくつも存在する。
ベトナム戦争時のメコンデルタ、イタリアのベニス、ルーマニアのドナウデルタ……イラクの湿地帯はその中でも最古にして、“現代最後のカオス”だ。
生のイラクを読んでまず圧倒されるのが、8,000年のスケールで時代が入り乱れるカオスぶり。まずイラクという名前自体が紀元前5,000年ごろの古代都市ウルクに由来するという説もあるとかで、これがまず西欧の歴史では到底出てこないような数字。
しかもアフワールではシュメール文明の生活様式が未だに生きていて、8メートル以上にもなる葦を刈って即席の浮島や小屋を作って住んでしまうことが当たり前に行われていたりします。町では1~2世紀に成立したとされるグノーシス主義の宗教・マンダ教の教徒が普通に暮らしていて、筆者がマンダ教徒の店で取材をしたりしています。マンダ教徒は教徒同士でしか結婚しないため流入が起こらず1~2世紀からこの地の人々の血がそのまま残り続けているとか、軽々と4桁の年輪が登場し続けます。
21世紀のイラク戦争後の米軍による不祥事で悪名高いアブグレイブ刑務所と紀元前21世紀に古代メソポタミア文明が築いた歴史に名高い聖塔ジッグラトが同じ地平に存在しているというのは、現在が歴史の上にある以上当たり前のことではあるのですが、紙面を通して目の当たりにするとその歴史的スケールの大きさにくらくらしてしまいます。
さらにおもしろいのが取材で触れ合う現地の人々との交流。人懐っこくホスピタリティ精神にあふれるイラクの人々に製法が謎なのにやたらうまい水牛のチーズやくさやのスープなど神秘あふれるローカルフードをごちそうになったり、詩吟を習って一発ギャグにしたり。そして出会ったイラク版梁山泊の傑物たちを水滸伝の「好漢」になぞらえて文中のあだ名にしているのも読みやすくて面白いったら。彼らの行き当たりばったりな協力を得て古代の製法で木舟を作り、葦の生い茂る水路へ漕ぎ出すくだりは本書のクライマックスになります。
とにかくページをめくるたびに知らないことと面白いことが湧き出てくる、規格外のロマンと好奇心にあふれた雄作! めちゃくちゃ面白かったです。