24/10/06 【感想】黄土館の殺人
阿津川辰海『黄土館の殺人』を読みました。
災害が迫る館での殺人事件を描く〈館四重奏〉シリーズの第3作です。
第1作『紅蓮館の殺人』、第2作『蒼海館の殺人』はここでも感想を書きました。
山火事、洪水に続いて今回描かれる災害は「地震」。日本においては今までのふたつと比べてもその恐怖を身近に感じる人が多いテーマではないでしょうか。本書は今年刊行されたものなんですが、作者あとがきでは再校ゲラ作業をしている際に能登半島地震が発生したこと、そしれそれによって生じた本書を出すことへの葛藤が書かれています。
さて、前回の感想で「ミステリファンの好物をこれでもかと詰め込んだ豪華ミックスグリル」と書きましたが、豪華プレートぶりは今回も健在。
クローズドサークルものであり館ものであるのみならず交換殺人あり不可能興味多数あり、他にもミステリ好きが嬉しくなっちゃうような演出が色々盛り込まれたゴキゲンな作品となっています。
謎が謎を呼ぶボリューム満点のミステリでありながら洗練された手つきで描かれるリーダビリティーの高さは流石の一言。
ただ一方でそのアクのなさが逆にミステリとしての圧の弱さにつながっていた印象です。
本作の本編ともいうべきパートが「第二部 助手・田所信哉の回想」にて語られる、土砂崩れによってシリーズ探偵役・葛城と隔離されて館に閉じ込められた田所が連続殺人を体験し捜査するパート。このパートは、助手である彼が「後に名探偵・葛城が推理できるように」と書き残した手記という体裁をとっています。
この体裁のため衝撃的な連続殺人に対しても比較的筆致は冷静で、また視点人物である田所自身も終始前向きかつ健康的な態度をとっており、クローズドサークルにおける謎の連続殺人という内容でありながら良くも悪くもサラッとした口当たりになっていました。
そしてその先で明かされる真相については下のネタバレ感想で。
ここからネタバレ
新本格以降の時代に生きる我々はどうしても「連続殺人が起きているクローズドサークル」と「その外側」の二ヶ所が舞台になると「外側」の人物を疑ってしまうある種のすりこみがされているのではないでしょうか。
そういう意味で最も意外な真犯人であるがゆえに逆に驚きがなくなってしまっていたという、ある意味では損な読み方をしてしまったな…というのが正直な印象です。満島蛍が実は土塔雷蔵の隠し子であるというのも彼女を疑えれば自然と類推できるところでしょう。
ただ、それを差し引いてもやっぱり本作はメインパートである第2部のサラッとした書き方が盛り上がりに水を注してしまっていたのが一番もったいなかったと思います!
「荒土館の殺人」の原稿が見つかってその中に今起きてる連続殺人が予告されているかのように見えるくだりとか、もっともーっと盛り上げられたって! あそこめちゃくちゃ面白いシーンじゃないですか!
地震によって振り回された犯人のアドリブと偶然によってどんどん事件の形が変わっていくのとかすごく面白い仕掛けだと思うんですけど、事件の進行中に大局的な事件の形を見ようとしていないので明かされたときにギャップの驚きが来ないんですよね。
返す返すも第2部の書き方がもったいなかった作品だったと思います。
不謹慎ですが最後にもう一度大きく揺れて館ごと土砂崩れで館ごと埋まってよかったんじゃないかな。麻耶雄嵩ならやってた。いや、麻耶雄嵩がやったからやらなかったのか?