24/02/16 【感想】ギリシア人の物語

塩野七生『ギリシア人の物語』を読みました。
僕が読んだのは以下の4巻から成る文庫版です。

大著『ローマ人の物語』で知られる塩野七生が自ら「最後の歴史エッセイ」と位置づけ、78~80歳にかけて刊行された作品です。

ですがその筆致は非常にノリノリ。最終第4巻の出版社サイトを見ると、

最後だからこそ、もっとも若い男を書きたい。「永遠の青春」アレクサンダー大王伝!

バキの全選手入場みたいな激アツコピー。これ塩野七生が言ったの?

その語りの舞台は古代ギリシア。サブタイトルにもあるようにギリシアの都市国家群、とりわけアテネを中心に民主政のはじまりからその成熟を追います。
アテネが中心というのは当時名実ともにギリシアの中心となったからというのももちろんあるのでしょうが、それ以上に記録が多く残っているのが大きいのでしょう。筆者が作中でまとめている資料を見ると「こんなことまで残っているのか」と驚きます。日記レベルのようなことが掘り起こされているおかげでただ歴史年表を追うだけでなく描写に奥行きが生まれています。

しかし世界に先駆けて高度な民主政を実現したアテネは直接民主制と同時にその悪いところも直接のむき出しな形で「発明」し、腐敗を経てかの有名なペロポネソス戦争に敗れスパルタに膝を屈します。
ただスパルタは社会制度の面でギリシア全土を支えられるものを持っておらず、やがて隣接する大国ペルシアの影響を強く受けるようになり、このあたりはかつての政治・経済ともに進取の精神にあふれていた頃を思うと読んでいて辛い。…というのが3巻までの話。

最終第4巻はまるまる1冊アレキサンダー大王ことアレクサンドロス3世の英雄譚となっています。そしてこれが実に痛快で面白い。英雄が非常に英雄していて、本当に「絵になる」男です。
アレクサンドロス3世がその短くも偉大な生涯を終えたあとのことも多少は書かれているのですが年表形式だったりと簡単にまとめられているのみ。大王の制覇した地域は中央アジアやエジプトなどに分裂して歴史は続いていくのですが、古代ギリシアの物語としてはやはりアレクサンドロス3世の死で一区切りとするのがきれいでしょう。

さて、氏の一連の著作を読む上でその位置づけはたびたび議論されるところです。筆者は本作を含め「調べ、考え、それを基にして歴史を再構築していくという意味での『歴史エッセイ』」と称しています。

僕は全く歴史オンチなので勘所がよくわかっていないのですが、ただ本作を読んでいて感じたのは、非常に洗練された「オタク語り」だな、ということ。もちろん褒め言葉です。

そしてこの手のオタク語りをするとき、なかなか切り分けの難しいというか、どこの席に座らせるか難しい出力が出てくるときがあります。
オタクならば一度は経験したことがあるのではないでしょうか、なにかの作品について作中に明言されてはいないことを熱く語りはするものの、それを「考察」とカテゴライズされるのは違和感をおぼえるような瞬間。
行間の余白について語るときそれは行間を読む行為だと解釈され、時には「作者の人そこまで考えてないと思うよ」と言われたりしますが、そうじゃない。行間の余白から作者の考えを読もうとしているんじゃなく余白があるから勝手に自分で書き込んでるだけなんだ。行間を読んでるんじゃない、行間に書いてるんだ。そんな瞬間。

そんな公共的な真実を追い求めるのでなくもっと私的なロマンを追い求めるような営み、そんなテンションが本作にはあると感じました。
実際についたのは『物語』というタイトルであり筆者によるカテゴライズは「歴史エッセイ」ではあるのですが、より微妙なオタク語りの温度感を知っている人たちは、もっと丁度いい距離感で本作を鑑賞できるのではないか、そのように感じました。