25/01/07 【感想】鵼の碑
京極夏彦『鵼の碑』を読みました。
殺人の記憶を持つ娘に惑わされる作家。
消えた三つの他殺体を追う刑事。
妖光に翻弄される学僧。
失踪者を追い求める探偵。
死者の声を聞くために訪れた女。
そして見え隠れする公安の影。
発掘された古文書の鑑定に駆り出された古書肆は、縺れ合いキメラの如き様相を示す「化け物の幽霊」を祓えるか。
シリーズ最新作。
百鬼夜行シリーズの前巻『邪魅の雫』が出たのが2006年、そこから17年ぶりの書き下ろし長編です。
本書を一言で言うならば、「百鬼夜行シリーズの新作と聞いて期待した味はちゃんと出てきた作品」。ラーメン屋でちゃんとラーメンが出てきた。
そしてもう一段踏み込んだ個人的な印象を言うと、「うまくいった『塗仏の宴』」。
文庫版で1,344ページにもなる本作ですが、並のミステリ3冊分の満足感があるかというと正直ないです。でもそこは京極夏彦なのでね。平均風速に関してはこちらも織り込み済み。
あと京極夏彦の他のシリーズに登場する人物も関連しているらしく、僕は他シリーズを読んでいないため十分に楽しめなかったのかもしれません。そっちの方も知っていたら「ここであの世界とつながるのか!」という月9ドラマ版「貴族探偵」の終盤で鈴木という使用人が出てきたときみたいな興奮があったのかも。
前作『邪魅の雫』は「途中はずっと退屈だけど最後の謎解きまで読むと面白いし、このギミックをやるなら退屈にならざるをえなかったということにも合点がいく」という作品でした(感想)が、今作はむしろ「途中もそこそこ面白いし最後にはちゃんと回収される、お行儀のいい」作品。
ともすれば冗長になりかねないパートもやけに読みやすいんですよね。京極堂によるうんちくパートにはちゃんとそれに対応できる聞き手陣をあてがっていたりとか。
さて、本書で語られる事件はあからさまに「猿の顔、狸の胴体、前後の肢は虎、尾は蛇」を持つとされるヌエをモチーフにしています。過去になにかがあったようで、その余波だけが見える。どれもあからさまに一側面だけを捉えていて、猿に見えたり狸に見えたり蛇に見えたりする。様々な方向からその余波を追ってバラバラに動く面々が最後に一体のヌエに辿り着くのだろうと期待させてくれる。でもこのバラバラさも無駄に遠回りさせられている感じがせず、ほどほどに合流してくれる。そして真相を知ると…鵼なんですよねえ。
実はこの「ある事物の正体を隠して余波だけ見ると謎に見える」というのはミステリの基本で、それこそ「モルグ街の殺人」の頃からやっていることです。これをヌエに見立てるというのが気持ちの良い噛み合いで、「百鬼夜行シリーズ」がこれをやってくれたのは絶対合うカバーをちゃんと歌ってくれたような嬉しさがありました。
今作は百鬼夜行シリーズでも一番モチーフの妖怪がピタッとハマった作品という感じがしますね!
ところで緑川さん、これで本作に突然生えてきたキャラなんですか!? いきなり萌えキャラが出てきてびっくりしちゃったよ。