23/08/23 【感想】影踏亭の怪談
大島清昭『影踏亭の怪談』を読みました。
作者紹介には「怪異と謎解きのバランスの新しさを高く評価された『影踏亭の怪談』で第17回ミステリーズ!新人賞を受賞」とあるのですが、僕もこの「怪異と謎解きのバランスの新しさ」が本作の大きな魅力だと感じました。
「ホラー要素を部品として持ったミステリ」は珍しくないのですが、本作はホラー要素がミステリに従属した装飾にとどまりません。なんなら「ミステリが部品として組み込まれたホラー」――すなわちホラーがメインジャンルとでも言いたくなるようなつくりになっています。
こういう「書き方の新しさ」が評価されて新人が発掘されるのを見ると嬉しくなっちゃいます。僕はミステリを読むとき「書き方」の部分をしゃぶりたがるたちです。
ホラーとミステリの組み合わせ方というデザイン面では斬新な面白さがある一方、その実装には物足りなさを覚えました。作者自身がこの新しい骨格の書き方を自分のものにしきれておらず、いまひとつ面白くなりきれていなかった印象があります。
より自分の感じたことを正確に書こうとするならば、「もっと面白くなりそうなのにそんなに面白く読めなかった」。ちょっと僕が読み方に失敗してしまった可能性もあります。
個人的ベストは表題作。
引用部より下は各話のネタバレ感想です。
ここからネタバレ
影踏亭の怪談
小粒ながらも短編としては十分な密室トリックを備えつつ、究極的には超自然的な怪異が「あるもの」として決着し作中で描かれる不可能犯罪のひとつは怪異のしわざと明かされる、ミステリがホラーに飲み込まれる構成がなにより印象的です。
探偵行為を行っていた視点人物の「僕」が被害者になり、当初被害者となっていた呻木叫子が探偵として真相を指摘するというドンデン返しも魅力。さすが新人賞というパワフルな短編でした。個人的に本書のベスト。
この連作の特徴である「ミステリが部品として組み込まれたホラー」という構造は当然本作で初めて目にすることになったため、一番これに驚けたというのもあります。
で、一発目は驚けたこのネタの二発目以降がどうだったかというと、それがなんとも評価の難しいところで…。
朧トンネルの怪談
ミステリとして読むと「出入り不可能な場所で殺人が行われたかと思ったら自殺だった」、ホラーとして読むと「入った者に毎晩夢を見せて自殺せしめる呪いのトンネル」なのですが、こうして書いてみるとわかるように…どっちも「そこそこ」止まりなんですよね!
なので本作の見どころとしては「これらを組み合わせたこと」であり、それによって実現した「異常な動機の自殺」という、ホラー優位のホラー✕ミステリである本作なればこその仕掛けになります。
また「異常な動機の自殺」というホラー要素が「ミステリの手続きによって明かされる」という構造の面白さも見逃せません。いうまでもなく、これはホラーの中にミステリを組み込むという本作の構成だから実現できたものです。
「ミステリの手続きによって明かす」ことで読者に与える印象を強めることができるというのは、主にミステリにおける人物描写の技術として知られています。連城三紀彦の傑作群などが連想されますね。
本作はそれをホラーに転用したわけですが…なんだろう、理論としてはめちゃくちゃ効果的なはずなんですがそこまで効果が出てなかったかも。
感想としては「単品では評価しがたいが、連作のなかの一編としてはアリ」ぐらい。バリエーションの中に取り揃えておくことには意味がある、サーティーワンの大納言あずきみたいな一編。
ドロドロ坂の怪談
ドロドロ坂で「D坂」という小ネタにまずニヤリ。また呻木叫子の経歴が明かされ、作者の経歴と重なることでもうひとつニッコリ。シリーズ探偵は探偵のディテールが少しずつ彫り込まれていくところにうまみがありますよねえ。
名前のついた被害者(光輝くん、十和田いろは)の被害に至った過程全てがミステリの範疇で説明される、ミステリでは当たり前ながら本書では珍しい回です。
一方で怪異の方面でも、場所によって異なるドロドロ坂の呪いの由来や「私はあの霊が捜している人物を知っている」などのケレン味に引き付けられます。
ただ、この怪異の方面で挙げた2点はいずれも回収にさほど面白味を感じなかったかな…。だんだん心配になってきたのですが、もしかして僕はホラーを読むセンスがないのでしょうか。
冷凍メロンの怪談
面白い話です。
まず導入の「口外すると死ぬ冷凍メロン」というのも都市伝説で実にちょうど良いもの。
そしてオカルト的に語られる因縁がミステリ的に読むことができるのも、実は語り手がホラーという真相も。そして「影踏亭の怪談」で書かれていた「コウベノカミサマ」が近いうちに不幸にあう知人を教えてくれるという特性が見立て連続殺人のトリックとして用いられているのもお見事。
収録作すべてがつながる気持ちよさは短編連作ならではで、よくできた巻末作だと思います。
ただ、「ミステリに振ってればもっと面白く読めたのに」と思っちゃうんですよねぇ。
夏目龍子が怪死した際の状況証拠やアリバイなどが当時の捜査記録を元に細かく書かれるのですが…ありていに言ってしまうと、あんまり真剣に読まないんですよね…。
「がんばって証拠を読み込んでも結局超自然現象で片付けられちゃうかもしれない」って学習によって興味を失ってしまっているんです。もったいないことをしちゃったなあ。
全編読み終えてから改めて振り返ると、第1作で「事件は実は超自然的な怪異が起こしたものでした」、第2作で「不可能犯罪だと思ったら怪異の影響で自殺しただけでした」をやったのは功罪あったと思います。これらをやられてしまうと、それ以降ミステリとして真剣に読むことをしなくなってしまったので…。