25/01/13 【感想】受験生は謎解きに向かない
ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』を読みました。
『自由研究には向かない殺人』にはじまる大傑作三部作の完結後に刊行された、それらの前日譚です。僕はそれら3作品すべてを個人的ブックオブイヤーにいれるほどハマりまくっていたので、こんなデザートまでもらえるなんて嬉しいったら。
高校生のピップにある招待状が届いた。試験が終わった週末、友人宅で架空の殺人の犯人当てゲームが開催されるという。舞台は1924年、孤島に建つ大富豪の館という設定で、参加者は同級生とその兄の7人。開始早々、館の主の刺殺死体が発見される。当初は乗り気ではなかったピップだが、次第にゲームにのめり込んでいき……。爽やかで楽しい『自由研究には向かない殺人』前日譚!
ピップが「自由研究」をやるあの夏の前の、自由研究に何をやろうか考えている時点での話です。ピップが近所の親しい同級生といわゆるマーダーミステリーで遊びます。三部作で大きく関係が変わっていった幼馴染たちが「初期の関係」で出てくるのが嬉しくもあり、この後起きることを知っているのでほろ苦くもあり。
ここで念のため補足しておくと、マーダーミステリーとは殺人などの事件が起きたシナリオの登場人物になりきって遊ぶゲームです。各プレイヤーは自分が演じる登場人物の知り得た情報をゲーム側から与えられ、お互いに情報交換したり捜査したりしながら真実を追います。ただ本書でプレイされているマーダーミステリーはそれと一点異なる要素があり、それが面白さを足しているのですがこれはまた後ほど。
この『受験生は謎解きに向かない』、何がいいって「マーダーミステリーで遊ぶ」という"体験"と"面白さ"を高純度で書き出していること! 僕も以前何度か遊んだことがあるんですけど、読んでいると「マーダーミステリーの楽しさってこれだよなあ」とワクワクしてくるんですよね。小説のパーツとしてマーダーミステリーが出てくるというのではなく、本当にマーダーミステリーを遊ぶという営みを小説に書き起こしています。そしてその上に小説を書いている。
マーダーミステリーをまだ遊んだことがない方にも、既に楽しんだことがあるよという方にもぜひおすすめしたい作品です。
さて、本書でプレイされているマーダーミステリーには一点異なる要素があると上で書きました。
それは、ゲーム終盤まで犯人自身も誰が犯人かわからないということ。
上述したように「各プレイヤーは自分が演じる登場人物の知り得た情報をゲーム側から与えられ」るのが原則なので犯人は自分が犯人だと分かっているはずなのですが、このゲームでは最後の推理パートまで秘匿されています。
この「犯人自身も自分が犯人だと知らない」というのは普通のミステリだとかなり特殊な条件を用意しなければできないことであり、ゲームだからこそ実装できた異常な設定です。
これによって全員に「自分が犯人かもしれない」という可能性が生じており(実際は本編中にさほど響いているわけではないのですが)、全員に自分が犯人かどうかゲーム側から知らされる封筒が配られ、自分だけが見えるようにそっと封筒の中を確認する瞬間のドキドキには「マーダーミステリーを遊んでる!」とこっちまで興奮してしまいました。
本書は一応三部作を読んでいなくても楽しめますし、前日譚なので三部作のネタバレは一切出てこないのですが、本書は三部作を読み終えた後に読んだほうが楽しめると思います。
それはもちろんおまけの前日譚だからというのもあるのですが、本書ならではの理由もあり…それは「登場人物を覚えるのが大変すぎるから」。
本編わずか160ページという本書には上記のあらすじにもある通り7人の登場人物が出るのですが、マーダーミステリーを遊ぶという性質上、この7人にはそれぞれ配役が与えられてそれを演じることになります。
外国のフィクションに出てくる横文字の登場人物7人が、作中作でそれぞれ別の名前と設定を持つキャラクターを演じる。覚えるの大変すぎ!
なので、三部作を読んでメインキャラクターの素の人格の方は既にある程度頭に入った状態で読んだほうが頭がパンクしないですむと思います…。僕はそれでも序盤だいぶ目が滑りました。読んでいればなんとなく入っているので序盤は流していいと思いますよ!
そして本書のすごいところは、ただマーダーミステリーを遊んでゲーム内の真相を突き止めるだけにとどまらない、前日譚として100点満点をやってくれていること…これは下のネタバレ感想で。
(ここからネタバレ)
事件発生直後、外部からアクセスできないはずの館に警部がいるという矛盾! これを突いて鮮やかに組み立てられたピップの推理はお見事でした。
そしてそれが平凡な「ゲームが用意した正解」に敗れ、矛盾もゲーム上のご都合で片付けられる。ゲームなので物理的に不可能なことが平然と通ってしまう、ゲームだから描ける理屈を超えた探偵の敗北。
素晴らしいマーダーミステリーの小説を描きながら、最後にマーダーミステリーがミステリーをちゃぶ台返ししてくる。
そして「用意された真相らしきもの」に立ち向かい、自分の手で本当の真相を探し出すのだという構図で『自由研究』へと繋がる…本の薄さも相まって三部作のファンサービス的なゆるいお気楽マーダーミステリーファンブックかと思っていたらこれですよ。やってくれました、やってくれましたねえホリー・ジャクソン!
やっぱりこの作者には敵わないなあ、と妙に晴れがましい気持ちで読み終えることのできた、素晴らしい前日譚でした。