22/09/03 多重解決恋愛ADVを考える

以前ミステリに出てくる女の子は8割増しで可愛く見える、探偵してると16割増しで可愛いという話をしたのですが、そのときに流れで出てきた「ヒロイン全員が探偵候補の多重解決モノ恋愛ADVアドベンチャーゲーム」について考えました。

考えていると僕の性癖が盛り盛りになったので、せっかくだからということで単独記事の形で書き残しておくことにします。
なお紹介や感想みたいな調子で書いてますが単純にこの形式が書きやすいというだけで実体は一切存在しないのでご了承ください。


 X大学探偵倶楽部はOBにミステリ作家を何人も輩出している名門ミステリサークル。けれど最近は部員の減少に悩まされていました。ある人はその理由を「名前のせいでミステリ同好会なのが分かりづらいから」と言い、またある人は「そもそも大学のイニシャルはXじゃないのに『X大学』なのが意味不明」と言い、そのまたある人は「単純にミステリの人気が……」と言います。

 主人公はこのサークルの2年生。秋の学祭で出すサークル会誌の編集部員になってしまった彼は、空きページを埋めるため「学内で実際に起きた不思議な出来事」を推理する日常の謎仕立ての企画を立てます。
 自慢の推理を持って立ち上がったのは3人のサークルメンバー。いずれも個性豊かな3人の女の子が披露する推理はどれももっともらしいように聞こえるのですが、スペースの都合上載せられるのは1人の推理だけ。
 この時はまだ誰も知りませんでした。この推理と選択が主人公と3人の女の子の運命を大きく変える物語のはじまりになることを……。

 ――さあ、誰を選びますか?

本作の最大の特徴は「ミステリにおける多重解決の趣向と恋愛ADVにおける複数ヒロインのルート分岐を重ね合わせている」ところにあります。

まず「ミステリにおける多重解決の趣向」、ミステリ用語では「推理合戦」とも言いますが、これは作中で謎に対して複数の解釈が提示されるような筋立てを表します。
といっても警察が「よくあるただの自殺ですよ」と雑に解釈したのを名探偵が「これはトリックを使った殺人だ」という解釈でやっつけるようなパターンは多重解決にはあまり分類されません。
探偵役を担いうるような、もしくは自認する登場人物が複数いて、それらが同様にもっともらしい推理を述べるようなときに「推理合戦」が発生し、この趣向が多重解決と呼ばれます。(たまに一人でいくつも推理する多重解決もあります)

一方「恋愛ADVにおける複数ヒロインのルート分岐」には多くの説明は必要ないでしょう。
ヒロインを担いうるような女の子が複数登場し、その全員に対してそれぞれヒロインになるようなストーリーが用意されていて、それらのストーリーに対して分岐が発生する。そして分岐は内部的なフラグ管理によって決まり、多くの場合プレイヤーの選択がフラグに影響します。

本作が「ミステリにおける多重解決の趣向と恋愛ADVにおける複数ヒロインのルート分岐を重ね合わせている」作品であるというのは、ヒロイン候補の女の子が複数登場し、その全員が探偵役を自認して、同様にもっともらしい推理を述べ、そのうちどの推理をプレイヤーが採択するかによってヒロインとストーリーが分岐するからなのです。

事件のたびに各ヒロイン候補はそれぞれ自分の推理を述べます。
誰の推理を採択するかは主人公(プレイヤー)に委ねられます。
そして推理を採択されたヒロイン候補とは結ばれる方に近づきます。
推理合戦の解釈選びとヒロイン選びが連動しているわけですね。


序盤のエピソードでは事件性がなく犯人もないような「不思議」に対して解釈をするだけですが、中盤からは「犯人」の推理が行われるようになります。
そして最後のエピソードでは、状況的に犯人は3人の探偵候補兼ヒロイン候補以外にありえず、3人はお互いに犯人だと名指ししあうことになります。

ネタバレになってしまいますが、本作に登場する3人のヒロイン候補のうち、正しい推理をしているのは1人だけです。
1人は悲しいかな、誤った推理をしてしまっています。
そして最後の1人は犯人で、偽の推理によって罪を着せようとしています。

本作の意地悪なところとして、推理選びの時点においてはどのヒロイン候補の推理も成立するようになっています。
未知数の数に対して連立方程式の本数が少ないと解がひとつに定まらないように、選択肢の時点でプレイヤー視点で持っている情報だけでは正解を1つに絞り込めないようになっているのです。主人公が選んだ推理が「起こったらしいこと」として採択され、物語は進んでいきます。
この点で本作は推理ADVとしては破綻しており、「多重解決の趣向がある恋愛ADV」でしかありません。
選択後になってから追加で情報が得られ、そこでやっと誤った推理を棄却できるようになります。

この設計によってあるヒロインによる推理を選んで彼女と結ばれた後で「そのヒロインは実は犯人であり、自分の選択によって無実の女の子を追放してしまっていた」と知るという最悪のシナリオすら実現しているのです。
主人公はどうすればよいのでしょうか? 恋人に真実を突きつけ、もう修復不可能なほどに傷つけられバラバラになったサークルに一人帰るか。それとも真実を自分の胸にしまい、偽の真相と共に恋人と添い遂げるか。選択はプレイヤーへと委ねられます。

この犯人彼女ルートは、全ての事件の真相が完全にわかる唯一のルートでもあります。
中盤の第三者による犯行と思われていた事件は全て彼女の「あやつり」によるものだったということはこのルートでしか明かされません。
最も深い闇の中へ最も深い真実を拾いに行くか、正義を全うして幸せな解決を手に入れるか。
真相と解決、この両者は通常の一本道の推理小説であれば共に備わっているものです。ですが本作はマルチエンディングであるがゆえに「ゲーム全体としては両方が備わりミステリとして完成しているが、ルートとしてはどちらか片方しか得られない」という歪んだ実装が実現しています。


もうひとつの本作の特徴は、やっぱりヒロイン候補全員が探偵候補でありちゃんと推理をするというところですね!
推理を語るときの、ちょっと気取った、文語がかった喋り方がめっちゃかわいい。推理を披露するときだけ"かしら口調"になったりなんかして。

物語においてキャラクターの信念や人生観みたいなものを本人に直接語らせることなく描きだすのは中々の難事です。ですがそれができると一気にキャラクターに深みが出るもの。
本作ではヒロイン候補それぞれの披露する推理に各々の信念や人生観、価値観が表れているのがおいしいところです。
性善説的な物の考え方をするか、性悪説で見るか。偶然や奇跡を信じるか、信じないか。「謎に対して立てる仮説」にはこれらが表れるのです。
推理によって人間を描く」というミステリの文法は、恋愛ADVと相性が抜群だったんですね。

またヒロイン候補たちはそれぞれ秘密を持っています(これは「推理を選択する時点では主人公は絞り込みに十分な情報を持っていない」という構造の実現にも貢献しています)。
プレイヤーは推理を行う中で自然とヒロインの秘密が気になるようになっていくのですが、女の子のミステリアスな部分が気になるように導線が引かれているというのがキャラクターの見せ方にも繋がってきます。

そしてミステリとしても、通常の推理小説であれば読者は探偵と同じように手がかりから推理を行う必要があり中々大変だったり面倒だったりすることもあるものですが、この作品においては3択にまで絞り込まれているため非常に取っつきやすくなっています。
逆に自分で推理をしたい人にとっても、自分の推理と近い推理を選択することで「自分の推理をストーリーに反映させる」ことが可能になっています。


「多重解決ミステリ」と「ルート分岐式の恋愛ADV」には色々とシナジーがあると思います。
これらに共通するのは「選ぶ」ということ。そしてそれは同時に「選ばれなかった選択肢」が生まれるということ。
そこに性癖を持つ人にとって、本作はたまらないものになるでしょう。