23/01/04 夢野久作完全攻略(1)

夢野久作完全攻略
←  | 一覧 | (2) →

夢野久作は「夢野久作」として作家デビューする前に九州日報(いまの西日本新聞)に勤めていたのですが、そこで童話やルポタージュを載せていたそうです。
ちくま文庫版「夢野久作全集」第1巻には夢野久作が別名義で発表した童話が収録されています。

白髪小僧 ★4.0

今回の夢野久作完全攻略ではいくつも「発見」…つまりノーマークだった作品がメチャクチャ面白いという経験があったのですが、その最初のひとつがこれ。先頭打者ホームラン。
虚構、虚構、霧の中で眠って見る夢のような話。千夜一夜物語のように入れ子構造が多用される話なのですが夢側と現実側で人物の対応があったり、とにかく一筋縄ではいかない物語です。ストーリーの要約はもはや不可能。
…と書くとピンと来る人もいるかもしれませんが、この「白髪小僧」はものすごく「ドグラ・マグラ」的です。ジャンルがファンタジーなぶん夢幻世界っぷりはむしろこの白髪小僧の方が上。
毎晩お風呂に入りながら読んでいたのですが、これのおかげでお風呂が楽しみでした。毎日ルイス・キャロルにお話をせがむアリスもこんな気持ちだったのでしょう。

正夢 ★3.0

正味3ページほどの話なのですが、夢か現かというテーマで短い間にドンデン返しを仕込むジェットコースター的な展開が描かれます。夢野久作の萌芽が見える良策です。聊斎志異のような奇怪な味わいが好み。ただ最後うまいこと言おうとしたために逆に小さくまとまってしまった感もあり。

猿小僧 ★2.5

物乞いの子供が山奥に分け入ると猿の都があって…というところからはじまるターザン的な童話童話した童話。大人になってから読むとありきたりな印象を受けてしまいます。

三つの眼鏡 ★2.5

お行儀のいい教訓モノ。
このあとしばらく道徳的な寓話が続くのですが、教訓モノゆえに着地点が大体見えてしまい、有り体に言ってしまうと面白みのない結末になってしまうためあまり点数は伸びていないです。

青水仙、赤水仙 ★2.5

愛情があったとはいえ水仙の根を割って絵の具を入れるのってそんなに報われるほど褒められたことか…?

白椿 ★3.0

勉強嫌いの主人公が白椿を見てこんな花になりたいと思ったところ、白椿と入れ替わってしまうというお話。
一連の教訓寓話シリーズの中では半回りくらいお話しとして出来が良い気がします。長さの割に読みごたえがあってまとまりもよし。机上の白椿になって見ているうちに算術のやり方がわかって面白くなるというくだりが好き。

黒い頭 ★2.0

羽つきをしていたところ羽子板に描かれた女性の顔がへこんでしまい泣いて悲しんでいると、実は羽つきのシャトルはエジプト王の生まれ変わりだったという話。これ遊戯王じゃない??

若返り薬 ★2.5

エアガンが弾切れになった太郎くんが出来心でおじいさんの丸薬を弾にして鳥を撃とうとするが、その丸薬は実は若返り薬で…というきっかけで奇想が描かれます。オチは例によって教訓なのですが、若返り薬まわりの話が面白いです。特に若紳士の最後はハッと息を呑まされます。

クチマネ ★2.5

人の口真似をする悪癖のある美代子さんが、反物売りの中国人の口調を口真似したところ怒りを買い、呪文によって巾着袋に吸い込まれさらわれてしまい…という今じゃ絶対できないしやっちゃいけない話。ここまでの他の教訓シリーズの傾向からすると美代子さん視点で話が進みそうなところですが、そうでなくお兄さんの視点の冒険劇として描かれているのがおもしろいところです。

虫の生命 ★3.5

なんといってもラストが素晴らしい。夢とうつつ、虚構と真実を転がす夢野久作の手腕が見事に発揮された書きぶりは一連の短編の中でも一等秀でています。ハイレベルな創作怪異譚です。

雪の塔 ★2.0

学校帰りに雪山で遭難した兄妹が不思議な雪の塔に担ぎ込まれ、そこでお釈迦様とイエス様と七福神と達磨大師と鍾馗大神とサンタクロースと桃太郎、金太郎、花咲爺、乙姫様と浦島太郎、へのへのもへじ等々がやっている宴会に混ぜてもらいます。アベンジャーズきたな。
ただ、特に脈絡もなく不思議で恵まれた体験をするというのは古典怪異譚のような味わいがあって個人的に好みです。善行をしたものが報われたり勇気あるものが特別な体験をしたりという怪異譚も普通に好きなんですが、人間の道徳観なんておかまいなしに気まぐれに奇跡や災難を与える存在が描かれていると人ならぬものとしての迫力みたいなものを感じるんですよね。

キキリツツリ ★2.5

タイトルがいいですねえ。継母にいじめられ女学校行きを認めてもらえない主人公がひとり泣いているのを虫が聞きつけ助けてくれるという話なのですが、この虫のやってくれることが結構正攻法なのが好き。

お菓子の大舞踏会 ★2.5

お菓子大好きの五郎君がご飯も食べずにお菓子ばかり食べているので両親が心配してお菓子を一切取り上げてしまったところ、五郎君がヘソを曲げて何も食べずに引きこもってしまい…というところから始まるおとぎ話です。ただおとぎ話でありながら、最後まで読むと実は大人が作為でやったんじゃないかとも考えられてミステリ脳に効く気の利いた一編です。

先生の眼玉に ★1.5

正味文庫本2ページの非常に短いお話なのですが、巻末の解題によるとなんと2回に分けて掲載されたとのことで。読者は一日待たされてこのオチで怒らなかったんでしょうか。

雨ふり坊主 ★2.5

日照り続きで田んぼが干上がるのを心配するお父さんのためにてるてる坊主の逆、いわゆる「降れ降れ坊主」を作るお話。「青水仙、赤水仙」「キキリツツリ」系の、人間に良くしてくれる怪異のお話なのですが、それらと比べると結末の余韻が上品で好みです。

奇妙な遠眼鏡 ★3.0

アア、サア、リイという三人兄弟の末弟リイは幼い頃に目の病気で片目を失明して以来兄たちにいじめられていたそうな。あるときひとつずつオモチャを買ってやると父親に言われ、それぞれ何でも当たる鉄砲、何でも切れる刀、どこでも見える遠眼鏡を所望しました。当然買ってなどもらえなかったのすが、その夜末弟だけは不思議な存在に遠眼鏡を授かり…というだけならこれまでの教訓童話とあまり変わらないのですが、それにとどまらないのがこの話のおもしろいところです。
でも最後の一行でズッコケちゃった。

オシャベリ姫 ★3.5

生まれつきおしゃべりで一日中しゃべっているというお姫様が主人公で、姫が両親の王様とお妃様に夜見た入れ子構造の夢の話をするところからはじまり、「不思議の国のアリス」的なワンダーストーリーが展開していきます。冒頭の姫が入れ子構造の夢を話す流れるようなくだりには後の傑作「焦点を合せる」の源流のようなものを見て取ることもできるでしょう。その後のストーリーも奇想にあふれて面白い…というか不思議の国のアリスを久作自身意識してたんじゃあないかと思えます。良作です。

豚吉とヒョロ子 ★2.0

これまで溜めた道徳ポイントを一発で使い果たすような一編。小説中に1ヶ所でもあればそれだけで出版できなくなりそうなネタが1ページに1回のペースで出てくるブラックジョークだらけの話なので、好きな人には刺さるでしょう。実際連載当時は大好評だったそうです。このあたりは時代性というほかないですね。ちなみに評点が低いのは単純に僕に刺さらなかったからで、現代のポリコレに則ってないからということではないです。