23/01/15 夢野久作完全攻略・結び

あーーーーーーー面白かった!!!

お疲れさまでした。全11巻、108タイトルを駆け抜けました。
最後に所感を書いて、評点別のタイトル一覧を載せたいと思います。

ドグラ・マグラへ至る旅

今回夢野久作マラソンをしてみて、思っていた以上に多くの作品が『ドグラ・マグラ』へ繋がっていることに驚きました。第9巻で『ドグラ・マグラ』を読みながら、童話やルポータジュまで含めたほとんどの収録作が思い起こされてくるのです。

「夢野久作全集全部読む」という試みがこれほど楽しかったのは、もちろん個々の作品がめちゃくちゃに面白いということもあるのですが、『ドグラ・マグラ』という大ランドマークタワーの存在なしでは語れません。
夢野久作畢竟の『ドグラ・マグラ』があるがゆえに、個々の作品群を読むたびに『ドグラ・マグラ』との距離感や位置関係を考えることができました。これはまさに作者単位で作品を追う楽しみが非常にわかりやすい形で凝縮されたもので、まさにランドマークといえるでしょう。
この夢野久作全集という読み物は『ドグラ・マグラ』へ至るまでのひとつの長大なストーリーとして読むこともできるようになっています。

夢野久作と視点

第10巻で、夢野久作が得意とする独白体や書簡体は「視点人物の主観を通している」ことに特徴があり、逆にそうでない三人称視点の作品には物足りなさを覚えると書きました。

久作の書く主観視点の作品で「AはBである」と書かれているとき、読者は単にAがBであるという可能性以外にも「視点人物が騙されていたりおかしくなっていたりして、AがBだと思いこんでいる」という可能性を意識しなくてはならないことがあります。
この文体によって、ただ「AはBである」という文に多義的な解釈が行えるようになっているのです。
一方、三人称視点の地の文で「AはBである」と書かれていても、AがBであるという意味しかありません。文章あたりの意味の量が大きく減ってしまっているのです。久作の書く三人称視点の物足りなさはここから来ていると考えます。

これはミステリ全体でどちらが良いという話ではありません。
謎解き作品の手続きの上で、「AがBである」という文に多義的な解釈を許さず事実として確定させることが重要なことは多々あります。殺人のあった部屋が密室だったことが堅牢に確定している方が不可能興味をそそります。
ただ、夢野久作は謎解きのトリックやロジックで勝負する作家ではありませんでした。そのため、三人称視点の確実さをさほど必要としなかったのです。しかも一人称視点が人一倍うまかったのです。

そしてこの「文が多重の意味を持つ」という要素は短編との相性が抜群です。これが久作の短編に傑作が多い要因のひとつになっていると思います。
この多義的な文を積み重ねて長編を支えることは難しいはずなのですが、それをやってしまったのが『ドグラ・マグラ』であるともいえます。かくしてミステリ史上にそびえ立つ違法建築ができてしまったのです。

夢野久作はミステリが上手い

今回「完全攻略」というタイトルを勝手にお借りした偉大な先達『アガサ・クリスティー完全攻略』の中で霜月蒼先生は、

昭和の時代、日本の謎解きミステリ評論は、江戸川乱歩の「類別トリック集成」に代表され、また象徴されるような見方で、作品を語り、測ってきた。すなわち、トリックと呼びうるものを作品から切り離し、抽出して、それを三十文字に要約することで、類別/集成しやすくすること。言い換えれば、作品中から三十文字以内で抽出できるものにしか注目しなかった

霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略[決定版]』

と書かれていますが、これは夢野久作の作品評価にも当てはまるのではないかという気がします。「トリック」や「謎解き」といった部分に久作の探偵小説は力点を置いていないことは明らかです。それゆえに、ミステリとしての技術や完成度の面で久作の作品群が評価されることは少なかったように思います。

ミステリ小説を「作中の出来事を要約したプロット」と「それを書き起こした文章」の二層から成るものと考えると、夢野久作が探偵小説を書いていた当時、ミステリのエッセンスは「プロット」のレイヤーに存在していると考えられていました。上記の"江戸川乱歩の「類別トリック集成」に代表され、また象徴されるような見方"はその最たるものでしょう。
当時は海外ミステリの翻案などもよく出版されていましたが、これはミステリがプロットの中にあると考えていたからこそガワだけ着せ替えるようなことができたのだと思います。

そんな頃に夢野久作は、「文章」のレイヤーでミステリをやる/ミステリにするということを意識し、しかも成功させていました。「ミステリの面白さはどこから生まれるか」について進んだ考察を持ち、紙上で実践していたことはエッセイからも伺えます。

それゆえに夢野久作は高度なミステリの技術を実装していたのに、かつてはそれがミステリの技術だと認識されていなかったのです。
現代ではこの二層を連携させてミステリをやることは当たり前になっています。例えば、叙述トリックなどは典型的な「プロットでなく文章のレイヤーに存在するミステリのエッセンス」です。

改めて断言したい!
夢野久作は! ミステリが上手い!!
現代のミステリ読みにこそおすすめしたい!!
夢野久作の作品は大正時代の作品であるがゆえに、評価がある程度固まっています。しかし昭和の時代に評価が固まってしまっているがゆえに、評価のアップデートがなされず埋もれている鉱脈がたくさんあります。それらは、現代のミステリ読みにとって非常に刺激的で新鮮な読書になるはずです。

これを力強く断言できたことで、当初の目的を十分達成できた気がします。
これにて夢野久作、攻略完了!!


…かなあ?
もしかすると、より整地の進んだ未来のミステリファンは、我々よりも更に夢野久作を楽しむかもしれませんね。

点数別一覧

★4.0以上は全部傑作です。
★4.5以上はオールタイムベスト級、★5.0との違いは正直好みの問題です。
(カッコ内はちくま文庫版「夢野久作全集」における収録巻)

★5.0

焦点を合せる(6) 瓶詰地獄(8)

★4.5

押絵の奇蹟(3) 空を飛ぶパラソル(4) 山羊髯編輯長(4) 女坑主(4) 氷の涯(6) 一足お先に(8) 狂人は笑う(8) 冗談に殺す(8) 少女地獄(8) ドグラ・マグラ(9) 

★4.0

白髪小僧(1) 鉄鎚(3) 怪夢(3) 霊感!(3) 黒白ストーリー(3) いなか、の、じけん(4) 巡査辞職(4) 笑う唖女(4) 斜坑(4) 死後の恋(6) 爆弾太平記(6) 幽霊と推進機(6) 戦場(6) 暗黒公使(7) キチガイ地獄(8) 探偵小説の真使命(11) 

★3.5

虫の生命(1) オシャベリ姫(1) 猟奇歌(3) あやかしの鼓(3) 縊死体(3) 卵(3) 夫人探索(3) 悪魔祈祷書(3) 白菊(3) けむりを吐かぬ煙突(3) 眼を開く(4) 名君忠之(4) 支那米の袋(6) 難船小僧(6) 人間腸詰(6) 復讐(8) 木魂(8) 衝突心理(10) 近眼芸妓と迷宮事件(10) 冥土行進曲(10) 名娼満月(10) 江戸川乱歩氏に対する私の感想(11) 涙香・ポー・それから(11) 創作人物の名前について(11) 能とは何か(11)

★3.0

正夢(1) 白椿(1) 奇妙な遠眼鏡(1) 東京人の堕落時代(2) 童貞(3) ビルディング(3) 月蝕(3) 微笑(3) 人の顔(3) 奥様探偵術(3) 髪切虫(3) 涙のアリバイ(3) 骸骨の黒穂(4) 犬神博士(5) 超人鬚野博士(5) ココナットの実(6) 老巡査(10) 無系統虎列刺(10) S岬西洋婦人絞殺事件(10) 継子(10) 人間レコード(10) オンチ(10) 斬られたさに(10) 白くれない(10) 所感(11) 挿絵と闘った話(11) 路傍の木乃伊(11) 書けない探偵小説(11) 探偵小説の正体(11) スランプ(11) 私の好きな読みもの(11) 探偵小説漫想(11) 近世快人伝(11) 父杉山茂丸を語る(11) 梅津只円翁伝(11) 

★2.5

猿小僧(1) 三つの眼鏡(1) 青水仙、赤水仙(1) 若返り薬(1) クチマネ(1) キキリツツリ(1) お菓子の大舞踏会(1) 雨ふり坊主(1) 街頭から見た新東京の裏面(2) 二重心臓(10) 芝居狂冒険(10) ナンセンス(11) 甲賀三郎氏に答う(11) 謡曲黒白談(11) 鼻の表現(11)

★2.0

黒い頭(1) 雪の塔(1) 豚吉とヒョロ子(1)

★1.5

先生の眼玉に(1)