23/07/05 【感想】11文字の檻
青崎有吾の短編集『11文字の檻』を読みました。
各種アンソロジー等に掲載された短編作品を集めたもので、とても多彩なラインナップになっています。2010年代デビューくらいのミステリ作家はとにかく「器用さ」を標準装備していて、多様な物語の型をインプリメントできるという印象があるのですが、この短編集を読んで改めてハイレベルな器用さを感じました。
個人的ベストは「加速してゆく」。
「前髪は空を向いている」に関してだけはあらかじめ巻末の「初出一覧」で作品の性格を知っておいたほうがいいかもしれません。
加速してゆく
うまいな短編作品だな…としみじみ感嘆した作品。
僕も強烈な印象が残っているJR福知山線脱線事故、それとニアミスした体験から始まる本作ですが、ミステリとしての全体像や着地点が見えてこないのがまず不思議な読み口を与えます。そしてこれがとても引き込まれるんです。
短編作品としても短い部類に入る作品でありながら、「どうミステリになるんだ」という興味でまず惹きつけられるのが嬉しい。そしてそこからタイトルの通り、ゆっくりと加速していくミステリとしての構成、そして全体を通してのどこか淡い筆致。これらがオンリーワンの味わいを生んでいる良作です。
噤ヶ森の硝子屋敷
奇妙な館ばかり建てる建築家と彼女が建てた全面ガラス張りの館、そこで発生する密室殺人、登場するは京都に並ぶ探偵事務所群で高くレーティングされる変な名前の探偵、というオムハンバーグカレー定食のような一編。
特にタイトルにもなっている全面ガラス張りの硝子屋敷という舞台が期待値を上げてくるのですが、読み終わってみるとそれほど伸びてこなかったな…という印象です。
前髪は空を向いている
幕張愛すごいな!! 青崎先生、渋幕出身なのかな…。
千葉ロッテの選手名ってフィクションで使われることが他のパ・リーグ球団と比べてやけに多い気がします。
…と書いたのですが、その後解説を読んで「わたモテ」の公式二次創作作品であったことを知りました。海浜幕張が舞台でキャラの名前が千葉ロッテの選手名なのはそこ由来でした。恥ずかし!
your name
ミステリのネタ(謎とかトリックとか意外な動機とか)にはそれぞれ「支えられる小説の長さ」が決まっている、というのが持論です。
わずか3ページのショートショートなのですが、ちゃんと「この長さなら支えられる」ネタを使い切っているのが流石のセンス。
飽くまで
これはネタバレ感想のみで。
クレープまでは終わらせない
断続的な地球外生命体の襲来に対してデカいメカに搭乗して戦うというコテコテの設定なんですが、メインはそこではなく「そういう状況にある日常」そのもの。
襲来の激しい地球の裏側はもう陥落しているんじゃないかとうっすら思いながらもわざわざ調べようとしないあたりに感じられる、淡く穏やかな「諦め」にたまらない情緒があります。デカいメカで地球外生命体を迎撃する部署にいながらもうっすらと文明の終焉を予感しているところも、だからといって特別なことをするわけでもなく日常を継続させようとするところも。
終わりへ向かって傾斜していることは感じるけど生活できないほど傾いているわけではない、この角度が絶妙です。同じ状況になったら自分もこういう諦め方をするんだろうなって思っちゃう。
恋澤姉妹
姉妹の生い立ちがいいですねぇ…。性癖。
好きなものがガツンガツンと詰め込まれ、それらの具材の角がまだ多少残っているくらいの浅い煮込み具合なのが逆に面白い食感になっています。「つなぎ目が見える」というか。これを荒削りという人もいるのでしょうが、作品の指向性を考えると十分「味」といえるものではないでしょうか。
11文字の檻
ある軍国主義国家で思想犯として逮捕された人々が、ある11文字の「正解」を当てたら釈放というルールで収監される話。正解の11文字は「国家に恒久的な利益をもたらす」というヒントからプロパガンダのたぐいだろうと当たりをつけて囚人たちは1日1回与えられる回答権で繁栄だの我慢だのといったフレーズを含む11文字のスローガンを回答します。
こういう密室に閉じ込められてルール下で模索する脱出系の話好きなんですよねー。乙一の「seven rooms」とか小川一水「ギャルナフカの迷宮」とか。
と思っていたら解説で作者自ら「ギャルナフカの迷宮」の影響を公言されていて嬉しかったです。
ひとつ惜しいと思ったのが、この作品の掲載位置。
本短編集唯一の書き下ろしなので慣例に従って巻末に配置されているのですが、この配置によって残りページ数が分かっちゃうんですよ。そのため良くも悪くも「これだけのページ数で何かしらの結末に至る」ということが分かってしまう。
真ん中辺りに置かれていたら、いつまで続くかわからない絶望感みたいなものをもっと味わえて主人公により感情移入できたのではないかと思います。
あらすじの下はネタバレ感想です(一部作品のみ)。
ここからネタバレ
噤ヶ森の硝子屋敷 (ネタバレ)
密室殺人の真相は「実は窓にはガラスが張られていなかったので犯人はそこから出ていった」というもの。
窓にガラスが張られているという主人公の思い込み、ないしは錯視を、論理的に導きだすというプロセスが魅力的です。
最初は「ガラス屋敷で何かやろうと考えて結局このトリックになったのかなあ」と想像したのですが…もしかして逆なのかもしれないという気がしてきています。
もしかしてこのトリック、小粒で器用そうに見えて推理小説として実装しようとするとめちゃくちゃ手を焼かせる、作家泣かせのトリックなのでは?
「ガラスが入っていて通れないと思っていた窓に実はガラスは入っておらず、通行可能だった」というのは作中人物を騙すには実に有効なんですが、実際にその様子を見ることができない読者はそんなに気持ちよくなれないんですよね。例えるなら「マジックショーを文字で説明される」のに近い。
実際に透明な窓を見ることができない読者は「作中人物の錯視につきあわされる」ことしかできず、結局ミステリの文章としては「窓があると書きましたけど、そこにガラスが張ってあるとは一言も言ってませんが?」というところまで後退しないといけないのがつらいところ。
「平面図を見ると密室にしか見えないが、実は天井がないので犯人はそこから出入りできた」というバカ密室トリックがありますが、そこまで後退させられてしまうのは歯がゆいものでしょう。
そこで本作は「窓ガラスが張られているという視点人物の錯覚を、ただの視点人物の主観でなく映像という『客観的な証拠』にする」ことで密室としての強度を上げ、さらに「ガラスだらけの屋敷で、実はここにだけはガラスがなかったのです!」という転回のモーメントを生み出すためにガラス屋敷を建てたのではないでしょうか。
シンプルなトリックに見えて、実作にはかなり苦労があったのではないかと推察する一編でした。
あとがきを読んで知ったんですが、元々《館シリーズ》のオマージュとして書かれた作品だったのですね。諸々のフレーバーにも納得。
前髪は空を向いている (ネタバレ)
あとがきでこの話の解説だけめちゃくちゃ長くて笑ってしまいました。青崎先生のそういうところ好きよ。
your name (ネタバレ)
こういう違う言語の文化圏には伝わりにくい一発ネタ、海外ミステリでもたまに見かけて結構好きです。
飽くまで (ネタバレ)
例の病の流行でリモートワークが流行ったとき、ミステリ作家みんなこのトリック考えたんだろうな…(実際ほかの作家も同じトリック書いてました)。それこそオモコロでもこのトリック使ってたしな。
もちろん本作の主軸はトリックにないことは言うまでもありません。本作に対するリアクションとしては「ドッ!ワハハ!」が正しい気がする。
クレープまでは終わらせない (ネタバレ)
タンザニアから離れるほど襲来のペースはゆるやかになるという設定が良い。こういうのって日本になぜかみんな来がちですし。
11文字の檻 (ネタバレ)
楽しく読んだのですが、「正解」が言うほど面白くなかったかな…! ただ過程が面白い小説なのでさほど瑕疵にはならず。
作中で間接的に言及されている「十三号独房の問題」よりもずっとスマートな実装だと思います。
実は途中の「存在しない漢字」を作ってもらうくだりで、正解の「恒久的な利益をもたらす日本語」とは「表現を拡張する便利な新語(つまり既存の言葉を組み合わせているうちは絶対に正解できない)」なのではないかと思っていたのですが、全く的はずれでしたね。
この感想を書いている2023年7月5日現在、TwitterにAPI制限の嵐が吹き荒れているのですが、もし制限がどんどん厳しくなって1日1回しかツイートできなくなったら「140文字の檻」になるな…とか考えてました。