23/06/25 【感想】ハサミ男

殊能将之『ハサミ男』を読みました。
前々から評判は聞いていたこの小説ですが読んでみると…面白!!!

タイトルにもなっている「ハサミ男」は美少女を殺害してはハサミを首に突き立てるという手口で既に2件の殺人を犯している連続殺人犯。そして3件目となるハサミ殺人が本作の中心になるわけですが…なんと主人公(視点人物)は既に2件の殺人を犯している「ハサミ男」。
「ハサミ男」が3件目の殺人に及ぼうとターゲットに接近し、機会を伺っていたところ、なんとそのターゲットが殺されているのを発見してしまうのです。しかもその首にはハサミが突き立てられ、それはまさに「ハサミ男」の手口そのものだったのです!
連続殺人犯「ハサミ男」が、自分自身の模倣犯の捜査に乗り出すという導入のあらすじがすでに魅力的!

ミステリを読んでいると「アイデアをプロットにするのがうまい!」とか「プロットをミステリ小説にするのがうまい!」とかよく考えるんですが、この作品はその"次"。
「ミステリ小説をエンタメにするのがうまい!」と思わず手を叩いてしまいます。

分かりやすいところだと各セクションの「引き」。
例えば第2節はこう終わります。

 棚を順に見ていきながら、しばらく考えたすえ、クレゾール石鹸液を買うことにした。
 もちろん、自殺するためだ。

殊能将之『ハサミ男』講談社文庫

視点人物が自殺しちゃったよ!! いいの!?
脱力するようなオチがあったり、息詰まるクリフハンガーがあったり、とにかく各節の最後で「仕掛けて」くるのです。週刊連載でアンケートでも争ってるのかと思うくらい「引き」で楽しませてくれます。

またこの作品、とにかく登場人物が魅力的なんですよね!
ハサミ男とそれを皮肉る〈医師〉、そしてハサミ男事件を捜査する警察関係者たち、すべての人がキャラ立ちしていて、読んでいるとどんどん愛着が湧いてくるのです。被害者もその関係者も犯人も捜査陣も、多くが二面性を備えています。作中で「スイッチ」するタイミングがあり、そこにどこか面白さや人間くささ、奥深さみたいなものが生まれるんですよねえ。

多くのミステリと同様に本作も様々な技術を使って「騙し」を仕掛けてくるのですが、本作はその「騙し」すらも目的ではなく手段に過ぎないと割り切っているように感じられます。
最終的な目標が「読者を騙してやろう」でなく「読者を楽しませてやろう」「面白いミステリ小説を書いてやろう」にある。

霜月蒼がクリスティの『三幕の殺人』だったかを評価して、小説として多少退屈になってでも「騙し」に全力をかける「騙しのマキャベリスト」と書いていたのを読んだ覚えがありますが、『ハサミ男』はミステリ小説としての面白さに全力をかけて、とにかく「騙し」を使い倒してやるぞというような企みを感じました。
そしてそれが大成功していることは言うまでもありません。

あらすじの下はネタバレ感想です。

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。3番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作!

『ハサミ男』(殊能 将之):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部

ここからネタバレ


この小説のなにがすごいって、ただの謎解き小説としてはハサミ男視点のパートがなくても成立するんですよね。
警察パートにおける目黒西署のメンバーが堀之内を真犯人と絞り込むのに使った情報はすべて磯部視点の警察パートで書かれているため、こっちのパートだけあればミステリとしては完成している。あえて極端に言えばハサミ男パートすべてがレッドヘリングなわけで、その大胆さに驚きます。こんなに大事な情報が書いてありそうな顔して狂言回しをはさんでいいのか!
これこそ上で書いた「ミステリ小説をエンタメにする」技術力や腕力の真骨頂かもしれません。警察パートだけでミステリとして最低限完成しているところへ、それ以上の分量を持つハサミ男パートを挟み込んで、これだけ面白くしているのですから!

もちろんハサミ男パートがミステリ的に意味がないということはもちろんなく、ミスディレクションという大きな役割を果たしています。
また、言いようによっては「堀之内が犯人である『第三の殺人』は警察パートだけで完成していて、ハサミ男が犯人である『第一・第二の殺人』はハサミ男パートで(犯人の逃げ切りとして)完成している」とも言えるかもしれません。