22/09/08 【感想】invert 城塚翡翠倒叙集

相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』を読みました。

ミステリ大賞四冠を達成した『medium 霊媒探偵城塚翡翠』に引き続き、殺人鬼と恋愛ごっこをすることでスリルと快感を得る変態ドS探偵(本文より)が探偵役をつとめる短編/中編集です。
『medium』の話は前にちょっとしたのですが、ホントにシリーズ続きましたねえ。更にこの続編『invert II』の発売が来週に迫っており、このタイミングに滑り込みで読んだ次第。

前作『medium』のような凄まじさはないながらも、作者持ち前のミステリ偏差値の高さでちょうどよくまとめつつ、前作読者はもちろん作者のファンへのサービスも盛り込まれた佳作という印象です。

収録作品3本中、最初の2本の短編「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」はいわゆる古畑任三郎スタイル。違和感を捉えた巧みな揺さぶりで難事件を崩すさまを倒叙形式で描いた作品です。ちょっとしたトリックもついていて、このあたりの付加価値の盛り込み方はさすが。

3本目「信用ならない目撃者」は中編となっていて、ここでは倒叙という形式を縦横に活用しています。
特に活用としてキマっている点が2点あって、まずひとつが倒叙形式によって事件の堅牢さを印象付けていること。

ミステリの犯人は往々にして捜査が真相へ辿り着くためのルートを予めつぶしておこうとするものですが、普通のミステリの書き方だと「ルートがつぶされていること」はそのルートを辿ろうとして初めてわかるものです。
なので9本のルートがつぶされていることを書こうとしたら行き止まりになる捜査の試行錯誤を9ルートも書かないといけない。
一方、犯人視点で描かれる倒叙形式ではいきなり「これら9本のルートをつぶしました」ということを書けるため、エレガントに犯行の堅牢さを強調できるわけです。
本作の犯行は奇抜なトリックがあるわけでもなくシンプルな「自殺に見せかけた殺人」なのですが、この倒叙形式を生かした描き方によって中編を支えうる犯罪に仕立てられています。

最初の2作品のトリックも普通の書き方のミステリで書いたら残念な感じになってしまいそうなものを倒叙の脇で使うことによって水準以上の作品に仕上げているところがあって、このあたりは書き方の妙ですねえ。
倒叙はうまく使うと、普通に書いたら凡作になってしまいそうなミステリに魔法をかけることができるんだなあと改めて感じました。

その一方で、倒叙ミステリはキャラが非常に大事なミステリジャンルなのだな、とも実感しましたね。
特に最初の2作品は古畑のような犯人と探偵の駆け引きが「読ませる部分」として書かれているのですが…端的に言うと、古畑をやるには犯人に魅力が足りない。
これはキャラクターの魅力というよりもむしろ感情移入を促すような人間描写の部分が弱かったのではないかと思います。探偵の揺さぶりで生じるハラハラドキドキって登場人物への感情移入がないと響かないんですよね。こう…身もふたもないことを言うと…あんまり気にならない…。
そのため最初の2作品についてはミステリスキルによって上手に書けてはいるけれどもスキルセットの面で噛み合いがそんなによくなかったような気がしています。
3作目では逆に犯人を振り切った悪党として描くことで、探偵の揺さぶりが刺さりそうになるたびに「やれるか!?」というワクワクがありました。こっちの方が向いていると思います。

どうせやるなら相沢沙呼の性癖をもっと出して、犯人を揺さぶるときにSっ気を発揮したほうが良かったのでは? メジャータイトルになりすぎて性癖をセーブしていないか?

「活用としてキマっている点が2点」と上で書いたもう片方はあらすじより下のネタバレ感想で。

すべてが、反転。

あなたは探偵の推理を推理することができますか?

綿密な犯罪計画により実行された殺人事件。アリバイは鉄壁、計画は完璧、事件は事故として処理される……はずだった。
だが、犯人たちのもとに、死者の声を聴く美女、城塚翡翠が現れる。大丈夫。霊能力なんかで自分が捕まるはずなんてない。ところが……。
ITエンジニア、小学校教師、そして人を殺すことを厭わない犯罪界のナポレオン。すべてを見通す翡翠の目から、彼らは逃れることができるのか?

講談社BOOK倶楽部作品ページ

ここからネタバレ


第3作におけるもうひとつの倒叙の活用はなんといっても、探偵が犯人を騙すという仕掛けでしょう。
「探偵が変装して犯人を騙すというネタを倒叙でやると叙述トリックになる」というのがシンプルに目からウロコ。
探偵の変装に犯人が都合よく引っかかるなんて普通に21世紀に大人向けミステリで書いたら到底許されませんが、それを倒叙形式と組み合わせることで叙述トリックへ昇華させています。
また倒叙形式ゆえに「視点人物(犯人)が探偵を騙す側」と読者が強く思いこんでいるのもミソ。「偽物の梓」を死角からの一撃に仕上げています。
でも相沢沙呼の書く叙述トリック、ちょっとくどいねんな…。

あ、わざわざサンドリヨンを飲んで強調してからの黒髪ロングの女性マジシャンは嬉しいファンサービスでしたね!
手品の説明で心理的に誘導するという手並みも「サンドリヨン的」でしたし、手品のタネが「本当にカードを全部覚えた」だったというオチも良かったです。

(※今作では変装以前に犯人は梓と翡翠の「本来の姿」を知らないため変装に「都合よく引っ掛かっている」のですが、読者の前には梓も翡翠も本来の姿で既に登場しているために「犯人は一度も本物の梓と翡翠をちゃんとは見ていない」ことに気づかない、というのがミソです。いわゆる「登場人物の誤認に読者が気づかない」タイプの叙述トリック。変装で騙される側の視点での変装ネタはそれこそルパンとかの時代から書かれていて、叙述トリックの概念がこの世に生まれる前から書かれた結果、時代を先取りした叙述トリックになりかけている作品もルパンシリーズに存在します。)