夜中の料金所の断片的記憶
昼間のセミの声とはまた違った、色々な生き物の声が聞こえてくるところに、蛍光灯の薄緑色の光を放ちながら、料金所は建っていた。
学生時代、一年間だけ沖縄県の名護市辺野古に住んでいた。本当に本当に、色々な人にお世話になりながらなんとか暮らしていた。
ある方からは、車も貸してもらっていた。
これまで、撮影でハイエースをひと月借りたりとかはあったが、こうしてほぼ自分の車として自動車を持つ経験は初めてで、本当にありがたいと思うと同時にとても嬉しかった。
「れ」とか「わ」といったレンタカーナンバーではない沖縄ナンバーだった。
車を借りられたことで、車の中で自分の好きな曲を聴く、という楽しみが増えた。
民謡を聴くのが好きで、民謡のCDを借りてきては、色々楽しんでいた。
ある深夜、那覇に映画を観に行った帰り、いつものように金武ICで高速を降りた。辺野古に一番近いのはその先の宜野座ICだが、一つ手前の金武で降りると高速料金が少しだけ安いのであった。
昼間ひっきりなしに響いていたセミの声ではない、また別の生き物の声が聞こえてくる一段深い暗闇に蛍光灯の薄緑色の光を放ちながら、金武の料金所は建っている。
係のおじさんが「こんばんは」と通行券を受け取り、料金を示す。
料金所を包む深い闇の中からは名前も分からない虫や鳥の声が絶え間なく聞こえてきて、そして料金所は他に誰もおらず静かだった。
「やっちー」
おじさんが、手を伸ばしてお釣りを差し出しながら言った。
「やっちー、ですか?」
「やっちー。音楽、歌よ」
車内のスピーカーからは民謡が流れ続けている。
「やっちーっていうんですか、曲」
借りてきたCDをそのまま聴いていたから…という言い訳をしつつも、それでも本当に恥ずかしながら私は車で聴いていたほとんどの民謡の曲名を知らなかった。
ひとつ頷いたおじさんはすぐ営業スマイルに戻り、タイトルすら知らないまま曲を聴いていた私は辺野古に向けて左折し、329号線を北上した。