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ショートストーリー《もしたむっ!》 Osamu.10:きょさむとクッキー

 休日の早朝4時。修は赤いエプロンをして台所に立ち、『何か』を作っていた。
 その『何か』の甘い匂いにつられて目をさましたのは「きょさむ」。布団からムクリと起き上がると、のそのそと台所へ向かう。
「ああ、おはよう」
 オーブンの前に立つ修は、やってきたきょさむの方を振り向きあいさつをする。
「おはよう、おさむ」
 目をこすり、きょさむが修に微笑みかけながらあいさつを返す。
「何作ってんだ?」
 きょさむはオーブンの中を覗く。そのタイミングで、チンッとオーブンが鳴った。
「これだよ」
 修がオーブンを開く。香ばしい香りと共に姿を現したのは、少し不格好な形をした黒めのクッキーだった。
「へえ。おさむはお菓子作りとかするんだな」
 感心したようにきょさむが言うと、修は「ははっ」と笑った。
「別に、得意とかじゃねえぞ。バレンタインのお返し用に、今から練習してたんだ」
 不格好なクッキーをひとつつまみ、苦笑いする修。
「手作りか。市販のものを渡すわけじゃないんだな」
 きょさむが言う。
「ああ。お返しは毎年市販のものだったからよ。今年は手作りのお返しに挑戦してみようと思ってな」
 手につまんだクッキーを口に放り込む修。「苦っ」と顔をゆがめる修を見て、きょさむはクスッと笑った。
「おさむって、無愛想に見えて、結構可愛いところあるよな」
「な、何だよ急に」
 口をゆすぐためにコップに水を一杯注いだ修は、少し驚いた表情できょさむの方を向く。
「俺、そういうおさむ、好きだけどな」
 きょさむのその言葉に、口に含んだ水を思わず吹き出す修。
「ごほごほっ! おっ、お前俺をからかってんのか!?」
 むせながら口元を拭う修に、きょさむはただ無言で微笑みかけていた。

 この日、出勤したのはきょさむだった。きょさむは会社に着いてから、修の部屋から持ち出したお菓子のレシピ本を開いていた。見ていたのは、クッキーのページ。
「あれ、修さんもお菓子作りとかするんですか?」
 きょさむに話しかけてきたのは、同僚の葵。
「ああ。ちょっとクッキー作りを練習したくてな」
「誰かに……渡すんですか?」
「まあ、な……」
 きょさむはフッと微笑んだ。その笑みを見た葵は『何か』を察する。
「私、クッキー作りは得意ですよ! 仕事が終わったら、会社のキッチンで一緒に作りませんか? 材料もあったはずです!」
 手をパンと叩いて、葵が言う。
「おお、助かる。ありがとな」
「お安いご用です!」
 きょさむと葵は顔を見合わせ、ニッコリ笑った。

「ただいま」
 夜8時に帰宅するきょさむ。修は「おかえり」と出迎える。
「遅かったな。仕事大変だったのか?」
 修はきょさむに尋ねる。
「違うんだ。会社でこれを作ってたんだ。……お前に食べてほしくてな」
 そう言ってきょさむが満面の笑みで差し伸べたのは、小さな袋にラッピングしたクッキー。
「……俺に?」
 自分を指差しながら、キョトン顔の修が言う。
「そう。おさむに」
 きょさむは変わらず満面の笑みだ。
「あ……ありがとな」
 修は少しはにかみながら、きょさむからのクッキーを受け取った。
 その時きょさむは、会社での葵の言葉を思い出していた。

『大切な人を想ってお菓子作りを練習したい修さんの気持ち、私もわかる気がします。私も、大切な人に渡すために、さらに上手に作れるようになりたいですし……。お互い、気持ち伝えられるように頑張りましょう!』

(大切な人にこういう形で気持ちを伝えるのも、いいもんだな……。葵、お前も頑張れよな)
 自分が作ったクッキーを早速美味しそうに食べる修を優しい眼差しで見つめながら、きょさむは心の中で葵にエールを送るのだった。

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