連載百合小説《とうこねくと!》キスの理由、キスの意味、そして東子さまは……(2)
《前回のあらすじ》
東子さまに促された恵理子ちゃんへのキスを、西條さんは拒否します。
さらに、そんな無理矢理なキスの在り方に怒った南武ちゃんに責められ、我に返る東子さま。小さい声で謝りながらその場を離れます。
追いかけようとする恵理子ちゃんを引き留める南武ちゃんと西條さん。
恵理子ちゃんは、どうしてあの時キス出来なかったのか西條さんに尋ねました。
すると、西條さんは悲しい過去を語り始め──
私と南武ちゃんは、小さく深呼吸した西條さんを見つめます。ウミネコがひとつ鳴いた後、西條さんは小さな声で語り始めました。
「私……人の愛も知らずに、ひとりぼっちで生きてきました……。学校に行けばいつも仲間はずれにされ、汚いものを見るような目で見られ、陰口を言われ……。家族にも、「どうしてお前はいつもそうなんだ」と怒鳴られ、暴力まで振るわれて……」
私は息を詰まらせました。私の隣に座る南武ちゃんも、西條さんの言葉に一瞬呼吸がヒクッと跳ねました。
「いじめに、虐待……?」
南武ちゃんは思わず言葉にします。
「いわゆる、そう呼ばれるものですね……。どこに行っても自分の居場所がなくて、いつもひとりぼっち……。私は毎日、寂しさで唇を震わせていました……」
西條さんは膝を抱え込みます。
「ある日……私は、家出をしました……」
「えっ、どこへ?」
私がそう聞くと、西條さんは「親戚の、修さんご夫婦のお宅です……」と答えました。
修さん──パソコン教室の西村さん。奥さまは、東子さまのお友達の陽子さんです。
「おふたりは、本当にあったかい……。何のとりえもない、愛も知らない私に、その『愛』をくれた……。今まで冷たく震えていた唇が、解きほぐされ、あったかい血がめぐっていくようでした……」
そう言うと、西條さんは細く白い指で自分の唇にふれ、ゆっくりとなぞりました。大切なぬくもりを確かめるように、ゆっくりと、ゆっくりと。
「気がつくと、私は……おふたりにキスをしていたんです……」
その言葉に、私は、点と点が線になった瞬間を感じました。
「……寂しかったんですよね。ずっと」
私は思わず口を開いていました。
「西條さんのキスは、今までの寂しさを埋めるためのキス。つらいことにたったひとりで耐えてきて、凍えそうに冷たかった唇に……ひとりぼっちで寂しさを抱えた唇にぬくもりを感じたくて、いろんな人にキスをしていた。……そういうことでしょうか?」
「……さすが、北郷さん……。その通りです……」
西條さんはこちらを向き、ふわりと微笑みました。
「不器用過ぎますよね……キスでしか意思表示できなくて……。でも、これが私の、せいいっぱいの表現方法……。恋愛感情ではなく、私なりの、せいいっぱいの存在証明……」
私と南武ちゃんは黙り込んでしまいました。
今まで西條さんがどれだけ寂しかったか、どれだけ悲しかったか、私たちには計り知れません。
周囲に存在を否定され、たったひとりで歩いてきた西條さんがようやく見つけた存在証明の方法が、たまたまキスだっただけです。
西條さんは、寂しさで冷たく震えた唇を温めてほしかっただけなのです。
「唇は……時に、言葉よりも雄弁です……。キスをすることで、その人の気持ちがわかったりするんですよ……」
「そんなこと、あるの?」
南武ちゃんは驚いた様子でそう尋ねます。
「例えば……さっきキスをした神波さんの気持ち……。これは、私が北郷さんにキスできない理由にもつながりますが……」
胸がズキンと痛みます。
「東子さま……」
誰が悪いというわけではないのです。ただ、そういう試練が訪れてしまっただけなのです。
恋をしていれば、私だって嫉妬心が芽生えることがあります。
それは、東子さまも同じです。
思い出すのも苦しくなりますが、西條さんのおっしゃることが本当であるならば……
それが、西條さんが私にキス出来なかった理由にもつながるのであれば……
「……教えてください、西條さん。東子さまはあの時どんな気持ちだったんでしょうか」
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