日本酒の燗酒を好んで飲む理由。
日本酒の味わいは繊細なもので、酒器や温度を変えたり、酒器に注いだ後の空気に触れる時間や、保管中の瓶の中での時間経過、合わせる食事の内容によって大きく変化します。
お酒の味が物理的に変化するというよりは(そういう側面もありますが)、むしろ飲む人の感じ方が大きく変わります。
最近は、燗付け(日本酒を温めること)にハマッていて、最初に冷やした状態でワイングラスで飲んだ後、次は燗付けにしてその味わいの変化を楽しんでいます。
近年定番となった生酒や、カジュアルで飲みやすい低アルコール日本酒、爽やかな酸味で涼しさを表現した夏酒など、一般的には冷やして飲むと思われる日本酒も迷わず燗にしてます。
今回は、自分がここまで燗酒を好んで飲む理由について書いてみます。
1. 味わいの変化を楽しむ
日本酒の特徴の一つに「飲用温度帯が広い」というのがあります。冷やしても温めても美味しいんですね。
もちろんお酒によって適切な温度帯、蔵元さんや酒屋さんがおすすめする温度帯は存在するのですが、誤解を恐れずに言えば、それらの推奨温度帯というのは「無難に」美味しさを感じ取れる温度帯のことで、
丁寧に手間ひまをかけて造られたお酒は、大抵は低い温度帯でも高い温度帯でもそのお酒の個性や特徴を感じ取ることができます。
燗付けというのは一般的には30℃から人肌の温度以上に温めて飲むことを指すのですが、燗付けをすると、冷やして飲むのとは別の角度からそのお酒の良さを見ることができます。
例えば、タイトル写真にあるお酒(※)の場合、冷やして飲んだ味わいは以下の通りで、旨さの膨らみ感と甘さが少し不足しているように感じたんですね。
この旨さの膨らみを抑制した感じは、季節的にもおそらくある程度は意図されたもので、「冷やして飲む」がセオリーのお酒だと思います。
(※)長野県 宮坂醸造さんが造られる『眞澄』。諏訪大社にお酒を奉納される由緒・伝統ある蔵元さんで、現在の日本酒で最も多く使われる7号酵母の発祥元。
入口は梨の果汁の瑞々しさを思わせる香り。口に含むと透明で綺麗な飲み口をベースにお米の甘さがほんの少し膨らみを見せる。
決して表には出てこない優しく柔らかい酸味で静かにキレていく。あくまでも透明で綺麗な酸味の飲み口が特徴のお酒。
この旨みの膨らみが足りないと感じるのは、開栓後間もない状態であることに起因する「かたい状態」、花に例えるとまだ蕾(つぼみ)の状態だと判断して、再び栓をして3日ほど寝かせたところ、少し旨みが増しました。
燗にするならこのタイミングと思い、燗付けした結果が以下のとおり。
アルミ製のちろりに注いだ日本酒を、鍋に張ったお湯で湯煎→ベストと思われる温度帯にて引上げ→ボウルに用意した氷水で急冷→再び引上げ時の温度までゆっくりと温める、という方法で燗をしています。
35℃付近でお米の甘い香りが少し膨らんで来る。一旦利き酒するも、酸味が前面に出てまだ味が整わない。
40℃付近でお米の甘い香りがさらに前に出て来たので、もう一度利き酒。35℃より味わいのバランスがいいが、まだほんの少し酸味が勝っている気がする。温度が上がるに連れてアルコールの香りにボリューム感が伴い、美味しさを増している。
45℃付近でお米の甘い香りが少し後退する代わりに、お米の炊きたてホクホクな香りを存分に感じる。ここで利き酒するも、逆に甘さが足りない気がする。
ちろりに新たにお酒を注ぎ直してもう一度トライ。上記1回目の結果から、最適な温度帯は40℃〜45℃の間と推測。
今度は42℃で引き上げ、ボウルに用意しておいた氷水で30℃まで急冷。
再び42℃まで上げる。これがこのお酒にとってのベストの温度帯。42℃での味わいは以下の通り。
お米の甘さが優しさを帯びたまま前に出て柔らかく、アルコールの程よい香りがいい具合にお米の旨さの膨らみ感を伴う。冷やした時に感じた、優しく柔らかくも引き締まった酸味がきちんと下支えとなって、最高のバランス。
冷やして飲むのがもちろん美味しいお酒なんですが、ぼくはこっちの方が美味しく感じました。
日本酒の味わいを特徴付けるものは、やっぱりお米の甘さだと思っていて、酸味も欠かせない大切な要素ではあるんですが、日本酒ってやっぱりお米のお酒なので、ぼくとしては「炊きたてご飯」や「米麹で作った甘酒」のような、あのお米独特の甘さが欲しい。
日本酒にそういった味わいを求めるぼくとしては、燗付けは最良の方法だと思っています。
2. 自分らしい味わいを表現できる
上記と重複する部分があるのですが、燗酒を好んで飲むもう一つの理由は、自分の好きな味わいを表現できることだと思います。
自分の好きな味わいに調整出来る、結果として自分らしい味わいを表現できるということですね。
上記の通り、ぼくとしては日本酒にはやっぱりお米の甘さを求めていて、これはいわゆる「辛口」と言われる、冷やした時にはキリッとしたドライさしか感じられないお酒でも、温めればきちんとお米の甘さが出てきます。
冒頭にも記載した通り、生酒や低アルコール酒や夏酒といったお酒は、通常は冷やして飲むのがセオリーで、蔵元さんや酒屋さんの「おすすめの温度帯」も冷たい温度帯になるのですが、
そういった一般的な「おすすめ温度帯」としては示されることのない、「別の適切な温度帯」を自分自身の感覚で探しにいくことができる。そこが燗の最大の楽しみの一つだと思います。
大げさに言えば、誰もまだ体験していない「秘境」の良さを探しに行く、そんな感覚です。
今回のお酒の場合、本来は「冷やして飲む」がセオリーのお酒で、その根幹、最大の特徴は「優しい酸味の柔らかな引き締まり感」。それが42℃でも、きちんと再現されていました。
このお酒の一番の特徴である、「優しい酸味の柔らかい引き締まり感」は冷やして飲んだ時だけではなく、42℃という温めた温度帯でもきちんと表現されているんですね。
そこに甘みやボリューム感、旨さの膨らみ感といった要素を自分好みにアレンジしに行ける。
自分らしい味わいの表現ができる、というのが燗酒の魅力だと思います。
3. 造り手へのリスペクトの表明
最後にもう一つ。それは、造り手へのリスペクトを表現できること。
上記の燗付けの様子を読んで頂ければ分かると思いますが、湯煎での燗付け作業というのはとても手間がかかります。
お手軽な方法としては電子レンジでチンしたり、電気ポットに沸かしたお湯にそのまま徳利ごと付けるなんていう方法もあるのですが、ぼくはしたくないなと思っていて。
理由は単純で、この日本酒という繊細なお酒を丁寧に情熱を込めて造って頂いた造り手の方に、何やら申し訳ない気がしてしまうからです。
別にそれらの方法で手軽に燗することを批判するつもりは全くなくて、楽しみ方は出来るだけ多様なほうがいいと思うし、それぞれの方法で日本酒を楽しむというのが最大の目的だと思いますが、
ぼくの場合はやっぱり手間ひまかけて造られたものには、飲み手としても手間ひまかけたい、そういう想いがあるんだと思います。
お湯を沸かして、ボウルに氷水を作って、燗付けをしながらお猪口や徳利もお湯につけて温めながら、肝心の日本酒の温度の上がり方に神経を集中させる。
日本酒を注いだちろりから立ち上る香りの変化、温度を上げながら段階的に行う利き酒での味わいの変化に神経を集中させる。
酸味の立ち位置はどの辺りか(前面に出過ぎていないか)、甘さは適切か、アルコールの香りがもたらすボリューム感は適切か、味わい全体のバランス感はどうか、冷やして飲んだ時のそのお酒の特性は消えていないか。
それらの要素に神経を集中させる。
手間ひまかけて造って頂いた貴重な飲み物に応える、手間ひまかけた行為、それが燗酒だと思います。
造り手の情熱に、飲み手が敬意を持って丁寧に美味しく頂く。
そんな姿勢が、ぼくにとっての日本酒の最大の楽しみ方。そんな手間のかかった楽しみ方が、ぼくなりの造り手への敬意と感謝の表現。
日本酒を温める、手間ひまかけて燗酒を楽しむという造り手へのリスペクト。
そんな表現方法があってもいいかなと思ってます。