見出し画像

メキシコの魔法っぽい瞬間50【その7】

#31 じゃあ、50で!

ケレタロから長距離バスでグアダラハラへ。ケレタロのパパは、旅人として頼りない私を心配し、パパの友人をバスターミナルに呼んでくれていた。その方がタクシーの運転手と「宿の近くの交差点までで200ペソ」と話をつけてくれたはずだが、いざ宿につくと「300ペソ」だという。
「道は混んでいたし荷物は大きいしもっと手前でいいと言っていたが宿の前まで来た。だからプラス100ペソ」
むう、一理あるように見えて多分ない。単なる押し売りだ。とはいえ想定より長い距離を走ってくれたことに礼はしたい。
「100ペソは高い。50でいいでしょ」
「いいだろう」
われわれはガシイッと握手した。パパ、あたし一人でもどうにかやっていけそうだよ。

グアダラハラで泊まったドミトリー。中身も屋上もいいかんじ。

#32 それ、私も好き!

グアダラハラではアリシアと再会した。ずっと前から仲良しな気がするが、現実には一度会っただけ。日本で出会った日、お互いの好きなものについて話した。え、それあたしも好き! じゃあ〇〇は? 好きー! 趣味は永遠に一致し続けた。いつかまた会おう、絶対だよと約束した。

アリシアの職場で待ち合わせ。地図を見ながら向かうと、古い立派な邸宅が見えた。手を振っているのはアリシアだ。このかっこいい博物館で働いてるの? こういうの好きー!

かつての個人の邸宅が市に寄贈され、グアダラハラ大学が管理する博物館となっている。スペイン文化とメキシコ土着のインディヘナ文化の融合がいたるところに見られる。興奮する。

#33 平気だよ、話してみよっ

グアダラハラは文化的な町で博物館や美術館が多く、無料の施設もいっぱいある。色鮮やかな家づくりで知られる建築家ルイス・バラガンの家もあるし、シケイロスなど著名な壁画家の作品もたくさん見られる。われわれはスキップでたくさんの施設を見てまわり、学芸員のアリシアは博識でいろいろ教えてくれる。スペイン征服以前の歴史、インディオとスペイン人の出会い。

ポソレというスープは昔、赤ちゃんの肉を使ってたんだよ。
まじで。
まじよ。ちなみに今は違います。
よかったです。

美しい建築や壁画を眺め、静かな空間をゆっくり歩く。きれいだな。ずっと、こういうことしたかった。文化的なこと。リラックスできること。リラックスしすぎて荷物の預かり札を紛失。あー、やっちゃった。
平気だよ、話してみよっ。黒のかばんとグレーのかばんです。
ああ、あれですね。

平気だった。そうだ、たいていのことは話してみれば平気なんだよ。

夜はアリシアの姉と姪も合流し、マリアッチを見た。ムード歌謡風のオールバックの男がマイクで妖しいアナウンスを繰り広げる。「それでは踊っていただきましょう、グアダラハラの夜の蝶、セニョリータ・マリポーサ!」(※翻訳はイメージです)
アリシアおすすめのグアダラハラ名物「アグアチレ」。つめたくておいしいスープ。ただし辛い。とてつもなく辛い。

#34 どこの角?

翌日はアリシア、姉のロサ、姪っ子のちびすけハスミンに加え、プリシラという友が遊んでくれる予定だが、待ち合わせ場所の広場にプリシラが来ない。ロサが電話をかけると「角に来てるよ~」という。

どこの角? 角100個ぐらいあるよ(ロサ)
木がある角だってば~(プリシラ)
ぜんぶに木があるよ(ロサ)

「確かにここは角だらけだな」と言ったらアリシアとハモった。「角やたらあるね」とまたハモって笑った。年齢も国も違うがわれらは “類友”だ。このあと一日中笑いっぱなしだったのが、グアダラハラの灼熱の太陽のせいか生まれつきの性質なのかはわからない。

あの角はオスピシオ・カバーニャスという古い孤児院で、幽霊が出るんだよ~とアリシアが言うと、姪っ子は「幽霊の話はしないで!」とキレた。子供の幽霊だよ~。「幽霊なんかいない!」

#35 日本語で語れないことはスペイン語でも語れない

美術館ではフェミニズムの展示をやっていた。一見してそれと分かるピンク色のポスターに、女性をエンパワーメントする内容のアートが並ぶ。一緒に行ったアリシアもプリシラも流れるように話している。マリコはフェミニズムって分かる? うん、もちろん分かるよ。えーと、日本でも流れが起こってるし、社会でも注目されてるし…。言葉が出てこない。私はフェミニズムについて自分の言葉を持っていないのだ。歯がゆかった。

日本語で語れないことはスペイン語でも語れない。語学の問題ではない。私は社会問題について考えを述べることに慣れていない。こういうところに普段の暮らしが現れる。沈黙しがちな生き方を変えなくてはいけないと強く思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?