優しい人はその分、人に傷つけられてきたことがある人なんだと思う
"優しい"とは何なんでしょうか
「気配り上手な人」
「包容力がある人」
「相手に期待しない人」
気配りが行き過ぎたらお節介と言われてしまうし、
人に干渉しないようにしすぎると冷酷な人と思われてしまうし、
優しさの形はいろいろあるのに、少しでも度が過ぎると
”ありがた迷惑”になってしまいますよね。
しかもその「度が過ぎる」というのは相手の受け取り方次第であるから猶更厄介。
だから人に優しくすることって、とても難しい。
優しくすることも難しいし、
優しくされたことを素直に受け取ることも案外難しい。
そもそも優しさ自体が不明瞭なものだし、受け取り手にもよるから
けれど、優しい人には一つの共通点があると信じています。
それは「人から傷付けられた経験がある人」です。
人の心の痛みが分からなければ優しい人にはなれない。
そして人間とは残酷なもので、傷つけられれば傷つけられるほど、
人に色んな角度から優しくできる気がしています。
また、優しくされていることに気付ける人は、
人に傷つけられた時、その分自分の周りの人には優しくしようと覚悟を決めた人だとも思います。その時に「仕返しをしてやる」と考える人と「私はこういうことを人にしないようにしよう」と考えるところに、人としての差が出てきてしまう。
前者の人はどんどん醜くなるし、後者の人はどんどん優しい人になる。
不思議なもので。
私は人から優しくされると、優しさの種類を見てしまいます。
それは、誰からも優しく見られたい人の優しさなのか、下心剥き出しの優しさなのか、善良な人間の優しさなのか、傷つけられてきた経験があってにじみ出る優しさなのか。
私は傷つけられてきた経験があって出てくる優しさを感じる人に惹かれます。その優しさを感じると、悲しくなると同時に、私は貴方を傷つけたりしないよ、大切にするよ。という気持ちになります。
「どうか、これからあなたを取り巻く世界が優しい世界となりますように。」と、そんな願いを込めて。