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とある歪な人間の自伝 その5

07 生活費

家のローンにギャンブルで膨らんだ多額の借金、妹の治療費、補聴器、そして生活費。
生きてい行くうえでお金は必要だ。お金は降って湧いてくるものではないのだから、誰かが用意しなくてはいけない。それはまず最初に大黒柱として立っている父親の責務であり、不足分は母親のやりくりや、追加で金策をする必要がある。

しかし、それにだって限界はある。いいや、限界なんぞとうに超えていたわけだから今更なのだろう。
とりわけ金銭問題は感情を剥き出しにさせる。自由に使える金が無ければ親族一同から借りてでも用意しなければならない。とかく父親の性格は愉快なものだ。

父方の親族から、母方の親族から何かと理由をつけてお金を融資してもらう。
だが返す当てがなければ、タダの問題の先送り。状況は刻一刻と悪くなっていくわけだ。

人間緩やかに追い詰められれば本性が見えてくる。これは随分先の未来に嫌というほど痛感することになる。
なまじ人間としての矜持があるのなら防衛本能にも似た、まさになりふり構わない考えが本人を襲うのだ。
まさに狂気だ。堕ちるところまで堕ちれば幾分か楽になるが、良心の呵責が邪魔をするのであればそのストレスは推して知るべしというところだろう。
だからそのフラストレーションの矛先が家族に、そしてわたしに向けられたのはもはや必然と思うほかない。

そんな中でも溺愛されている長女は簡単に不満を口にする。そこに溺愛されている、そして恵まれているという実感は無く、当然の権利として自らの願望を口にする。父親にしてみれば、そこが境界線なのだろう。
長男は道具。しかし自分が愛した娘は、突き放せない。

わたしにとってみれば疑問しかないのだが、長男だからという度重なる『立場の違い』を押し付けられているため、そういうものなのだと納得するほかなかった。
そこでわたしに求められたのは金銭を稼ぐ労働力としての役割だ。

我が家代々の家訓「働かざる者食うべからず」を実践する為に、わたしは『社会勉強』の大義名分を片手に新聞配達と地元企業における配達業務を手伝う事となる。深夜2時にどちらかの事務所に赴き、朝の5時までに完了する仕分け、配達作業だ。

時給は学生バイトともあって本当にお手伝い程度の金額だ。確か540円位だったと思う。
そもそもまもなく中学生になろうかという時分の子供が年齢を偽って仕事をするのだからある程度の条件は飲まなければならない。交換条件である。
そもそも現代社会において個人、企業ともにデメリットしか存在しない環境だったがそこは田舎町。まして深夜の作業である。大抵のことは黙認された。程度というものは何となく察してもらえるだろうか。

各社長さんはとかく面倒を見てくれた。退勤後には一緒に食事をとることも珍しくない。
給料日は母親が受取に来ていて、新聞配達の方の社長さんが「彼が稼いだお金なんだから、彼の為に使うことも忘れんじゃないよ」と言ってくれたことがとにかくうれしいと感じてしまったんだ。

思えば、だが。
この労働環境は、自己表現の一環となっていたんだろうと自己分析する。
おそらくはそれまでまったく『自分というものはなかった』から、というものもあったんだろう。世界の広がり。視野の広がり。労働という環境はわたしにおいて良い影響を与えたのはほぼ間違いないようだった。

例えば、報酬は獲られるもの。頑張りは認められるもの。そしてひたむきな努力は人を惹きつけるもの。
これらを当たり前として評価する会社、そして組織というものにわたしは初めて安心感を覚えていた。それは家では得られないものだ。かつての自分では到底獲られなかったものでもある。
おそらく初めてだった『わたしを求められる感覚』だ。

13才の子供が陶酔するには十分な材料だと思う。

だからわたしの認識は過剰なまでに労働に傾き、とうとう一線を越え始める。
何事にも限度というものがある。わたしは会社の中では目立ってはいけない存在だった。その認識がわたしには足りていなかったんだ。つまり、舞い上がっていた。子供らしく、馬鹿みたいに自惚れてしまったわけだ。
弁えない子供っていうのは何とも扱いに困るもの、ということを当時のわたしは知るわけもなく…。

いつしかわたしの中で労働は自身の欲求を満たす道具に変わった。
これが適齢期を越えたのなら企業も使いようというものもあっただろう。
ここからは想像だが、わたしは公に表に出してはいけない子供である。書類を偽装しても、明らかに偽装だと分かる労働者を表に出せばどうなるか? いまならば考えなくともわかる話だ。

2年を勤めて、急遽解雇された。
理由は告げられなかった。母親や父親が自己談判に動いたが結果は変わらない。変わるわけがない。
わたしはしばらく強く当たられ、父親からは顔が腫れるまで殴られた。

お金がないのだ。それでも、日々の生活を変えるわけにはいかなかった。

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