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「ふれる博物館」配慮のその先を想像する

皆さんは、西早稲田にある「ふれる博物館」をご存じでしょうか。ふれる博物館は、ビルの2階の一室にある、とても小さな博物館。視覚障がい者の方に点字や音声だけでは伝えきれない触覚情報を提供することで、教養を高めてもらうことを目的に運営されています。

現在の企画展は「バードタッチング」。9/28まで!

開館日は毎週水曜・金曜・土曜の週3回のみ。完全予約制となっています。その理由は、来館者1組ごとに説明員の方が付いて、詳細な説明をしてくれるから。

実物に「ふれて感じる」ことを大切にしているため、ときには視覚障がい者の方の手を取って、ポイントまで誘導するなど細やかな案内をされています。そのため小さな展示スペースでも一通りの解説を終えるには1時間半ほどの時間を要するそうです。

触って気づく、芸術の奥深さと楽しみ方

まず入口に展示されているのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画「最後の晩餐」のレリーフ(常設)です。イタリアのアンテロス美術館が石膏で作ったものだそう。このレリーフに直接触れることで、作品の構成や遠近法を理解します。

このレリーフは、テーブルの下に描かれた弟子たちの足といった細部までもしっかりと触って認識できるように作られています。また、レリーフだけでは理解が難しい、絵画の中の世界の奥行きがわかるよう模型も用意されていました。

説明員の方が、他にもこのレリーフを触察することでわかることをたくさん話してくれました。どれも「なるほどおぉぉ…」と唸ることばかり。今まで絵画について、深く理解しようとしたことがなかったな…と再認識する機会にもなりました。絵画を楽しむポイントみたいなものも、少しだけわかった気がします。

視覚障害の有無にかかわらず、こういうハンズオン体験が、美術館の実物展示のすぐそばでできると私みたいな美術音痴でも理解が深まりやすいし、絵画を楽しみやすい。

大内進氏が所蔵する「最後の晩餐」レリーフ。
奥行きを知るために用意された模型。

言われないと気づけない、配慮のその先

2024年7月24日に新紙幣が発行されたことは、皆さん、もちろん知っていると思います。実は新紙幣では、指の感触で識別できるマークの形状・配置が変更され、視覚障がい者の方が識別しやすくなったそうなのですが、知っていましたか?私はお恥ずかしいことに知らなかったです。このような配慮はとても大事。

ただ、この配慮だけでは紙幣の識別はしやすくても、世間で話題となっている新紙幣のデザインについて、目の見えない方は知ることができません。そこで、ふれる博物館では時事コンテンツとして、新紙幣に使われているモチーフを立体化したものなどに触れてもらうコーナーを設けています。(2024年9月13日現在)

こういったディテールまで理解しておくことで、周りの人がどういった話をしているのかわかるようになったりと、日常のコミュニケーションに役立つとのこと。言われてみれば、「そりゃそうだよな」と思うのですが、言われないとなかなか気づけない...。

千円札の裏側に描かれた葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の波を立体化したもの。
こちらは造花ですが、説明員の方と香りも展示できるといいねって話で盛り上がりました。

段階を踏み、複雑なものも理解する

冒頭に書いた通り、ふれる博物館はビルの1室の小さな博物館です。その大部分のスペースは期間限定の企画展に使われており、定期的に展示は入れ替わります。そうすることでリピーターの方が、来るたびにより多くの知識を蓄えていくことができるんですね。

今回、訪ねたタイミングで開催されていたのは、鳥類学者・川上和人先生の協力もと企画された展示「バードタッチング」。鳥類に関するさまざまな実物展示に触れることで、誰もが鳥類の知識を深めることができます。

すごいと思ったのは、鳥の姿形や羽の感触といったことだけでなく、「鳥が飛ぶ仕組み」や「鳥の呼吸の仕組み」といった複雑なところまで、触ることでわかるようにしているところです。

ポイントは段階的な展示。最初は精巧なバードカービングを触って鳥の大きさを比較するという難易度が低いところから始まり、少しずつ難易度が上がっていきます。そして最終的に鳥が飛ぶ時の羽の動きだったり、呼吸だったりという仕組みや理論の理解までたどり着くのです。

だいぶ端折ってはいますが、いくつか写真を載せておきます。

大きさの基準となる「ものさし鳥」5種のバードカービングを触って大きさを理解する
本物の剥製標本に触って羽ざわりを理解する
翼のカービングで形状を理解しながら、どこにどんな羽が生えているか理解する
(白とオレンジの羽は別種のものですが、感触は似ている)
飛んでいる鳥の像を触って、各羽の役割を思い出しながらホバリングする鳥を想像する。
鳥の呼吸を理解するための展示。


....とはいえ、やっぱり視覚的な情報がない中で仕組みや理論まで理解するのは難しいのでは?ということで。

失礼を承知で、「目が見えなくても、これらを触って、仕組みや理論まですぐに理解できるものですか?」とお伺いしてみました。すると「すぐにピンとくる人もいれば、こない人もいる」とのこと。

聞いてからアッ…となりましたが、目が見えていてもピンとくるタイプとこないタイプがいるもんな…と思いました。もちろん見えない中で複雑なものを理解しようとするには、たくさんのエネルギーやイマジネーションが必要だと思います。ただ、「ピンとくる」かどうかは、視覚うんぬんの話ではないのかもしれません。(ちなみに私は、なかなかピンとこなくて、いろいろ読んでしっくりくる解説に出会えてやっと理解するタイプ...)

配慮の「その先」を想像したい

最初に紹介した「最後の晩餐」のレリーフは、イタリアで作られたものですが、イタリアの美術館には、こういったものが普通に設置されているそうです。し これは1970年代から障がい児のための学校を廃止し、フルインクルーシブ教育へと方向転換したイタリアと、日本の教育文化の違いなのだとか。

教育については、どちらがいいと簡単にいえるものではないと思います。ですが、これまで日本で一般的な教育を受けてきた自分が、例えば「視覚障がい者の方々が暮らしやすい世の中をつくるためのアイデア」を出そうと思ったら、おそらく「不都合が減る」「便利になる」といったところに終始してしまい、その先までなかなか考えが及ばなかったのではないか...。そんなことを思いました。

ものごとの「その先」まで、自然に想像をめぐらせることのできる人間になりたいものです。

おしまい。

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