深夜のタクシー強盗と運転手の虚々実々の駆け引きとその結末の一部始終・・・。
お、けっこう稼いでいそうな個人タクシーが来るぞ、こいつにするか。
そう独りごちて手を挙げると、白い個人タクシーはゆるやかに近づいて停車すると、ドアを開いた。
「すみません、とりあえず真っ直ぐね。」
そう伝えて男はさりげなく、運転席のシートベルトの隙間から覗く売上が入っているらしいバッグに、目をやった。
『あの、お客さん、目的地はどちらでしょう?』
左手でバックミラーを少し調整して、後部座席の客の様子をうかがいながら運転手は声をかけた。
(この客、距離を稼げるかもな、とりあえずって言うときはこっちの態度を見ているんだもんな。安心できそうなら、そのまま長距離ってことがよくあるからな・・・今夜もいけそうか?)
『お客さん、このまましばらく走りますけど、よろしいですかね、もし右折するならお早めに指示をお願いしますね・・・』
そう言って運転手は、自分の左耳の後ろあたりに神経を集中させて、ハンドルを握っていた。
どうする?
やめちゃうか・・・思い切るか・・・早く決めないと、どうにもならんぞ。
「あの、運転手さん、こっから港の倉庫街って、どのくらいでしたっけ?」
『港・・・ですか?』
「そう、でっかい倉庫が、並んでるじゃないですか、あそこ・・・」
『うぅ~~ん、倉庫ねぇ・・・』
どうするつもりだ、あそこはワンメーターじゃないか、おまけにまるで誰もいない人っけのない暗いとこだぞ、そんなとこに何しに行くつもりだ?
『えっとぉ・・・確か、ワンメーターで行けるかどうかってとこじゃないですかね、倉庫だと・・・。』
「じゃぁ、その倉庫街まで行ってください・・・。」
『はい、かしこまりぃ・・・。』
何するつもりだ、夜の倉庫だらけの場所で・・・もしかして、アレか・・・?
客に、思い切って・・・聞いてみるか・・・?
『お客さん・・・倉庫に誰か待ってるんですか・・・?』
「え?・・・待ってるっていうか・・・用事があるっていうか・・・」
なんか、歯切れが悪いな・・・。
危ないな、この客・・・。
・・・どうする?
あんなとこで、タクシー強盗でもやられたら・・・恐いな・・・。
いっそ先手を打って・・・嘘でもついて、予防策を講じるか・・・?
『あ、そうだわお客さん!・・・たしかあそこは、今夜イベントか何かで・・・人だかりがしてたよ・・・お客さんも、そのイベントに行くつもりですか・・・?』
「えッ?イベント?・・・人だかり?・・・・・・そ、そうだけど・・・あ、ちょっと待って、思い出したことが・・・あの、行き先変更・・・できますか?」
『そりゃ~もちろん・・・行けと言われたところに行きますよ、それが仕事ですから・・・。』
「じゃあ・・・Uターンして・・・さっきのところに、戻ってもらえますか?」
『はい、さっきって言うと・・・お乗りになられた辺りで・・・?」
「そ、そうです、そこです、乗ったとこ・・・。」
ふ~む、やっぱり何か企んでやがるな、この客・・・。
いっちょカマしておくか・・・。
『いやぁ~~最近はタクシー強盗が流行ってるみたいで、物騒なんですよ』「あ・・・タ、タクシー強盗・・・ですか?」
やばい!
感づかれているんじゃないか?・・・どうしよ、どうする?
やっちゃうか、今・・・。
『だから、この車にも強盗対策の装備がしてあるんですよ・・・お客さん!』
「あッ、そ、そうなんですね・・・対策の装備が・・・どんなんです、それ?」
『いやいやぁ・・・・・簡単に教えちゃうとほら、対策になんないでしょ?・・・だから、秘密なんですよねぇ・・・装備は。』
何だよ、秘密かよ、やめちゃうか・・・。
『あ、もうすぐ、着きますよ、お客さん!』
やるっきゃないよ、やるぞ、やるぞ・・・。
「おい!運転手さん!」
『はい?なんですか・・・。』
「か、かね、金を・・・」
『金を・・・?』
「金を・・・貸して、くれ・・・ませんか?」
『ええぇ~~~ッ!貸すの?盗られるんじゃ無くて、貸すわけぇ~~?』
「すいません・・・帰りの電車賃が、無いもんで・・・それで、仕方なく・・・」
絶対、おかしい、強盗するつもりだったぞ、こいつ。
『お客さん!やるつもりだったでしょ?』
「はい?何を・・・?」
『とぼけたって分かってるんだから、こっちは・・・強盗するつもり?』
「あ、は、はい・・・つもりでしたけど・・・対策されてたって聞いたんで」
『ははぁ~ん、やっぱりね・・・図星だったみたいね、お客さん・・・』
んで、どうするよ、この客・・・警察に行くか、このまま・・・でもまだ強盗したってわけじゃないもんな・・・未遂か?
でも知らないって言われたら証拠がないぞ・・・それに取り調べやらで時間食うな・・・どうしよ、どうする?
『まぁ・・・強盗やったわけじゃ無いし・・・料金さえ払ってもらえば・・・』
「いや、それが、金ないんすよ、持ち合わせが・・・」
『そりゃぁ~困りましたね、お客さん・・・、このまま行っちゃいますか?』
「え?行っちゃうって、どこに?」
『決まってるじゃないですか・・・警察ですよ、ケ・イ・サ・ツ!』
「ひえぇぇぇ~~ッ!こ、こ、こまります、警察は!」
『困りますっつったてね、お客さん!このまんまじゃ、無賃乗車なんだから警察行くしかないでしょ? それとも何、誰か、知り合いでも、いる?』
「いえ、そんな知り合いは、いません・・・」
『じゃぁ~~決まりっしょ!警察行きましょかァ~~~!』
「そ、そんな、ひどいですよぉ・・・そこを、なんとか・・・」
『はいよ、着きましたよ、さっきの乗車した場所に・・・』
「じゃぁ、振り出しに戻ったところで・・・キャンセルできません?」
『はぁ~?キャンセル? なんのことです、キャンセルって・・・?』
「だから・・・乗らなかったことに・・・してもらうというの・・・ムリ?」
『なるほど・・・乗る前の地点に戻ったから、乗らなかったことにする、と』
「はい、そういうことに、してもらえませんか、ね・・・?」
『ア、ア、アホですか、お客さん!そんなこと、できるわけないっしょ!』
「そこを、なんとか・・・お願い、しますから!」
『ダメッつうの!さっさと払わなきゃ、警察直行だよ、お客さん!ほら!』
「じゃぁ、降りませんから・・・降りなきゃ、無賃乗車にならないでしょ?」
『あらぁ~何?なに?その屁理屈・・・降りなきゃ、無賃乗車にならない?』
ま、確かにそうだわな、どうするよ、むりやり引きずり下ろしてしまうか?
でも、暴力行為で訴えられてもなぁ・・・どうするよ、おい・・・。
ははぁ~~ん、図星だな!
降りなきゃ無賃乗車にならないんだ、そうなんだ、いいことに気がついたわ、降りなきゃいいんだわ・・・。
よっしゃぁ~~!
「あ、運転手さん、このまま降りませんので私、無賃乗車じゃないんで、よろしくです、誰か知り合いがお金持ってくるまで、待機しますから・・・。」
くっそぉ~~ぉ!
どうするよおい、このままじゃ、らちがあかんぞ・・・。
『じゃぁ、こうしましょ!私がお客さんにお金貸すから、そのお金で支払ってくれる?そのあとで、誰か借りられそうな知り合いを・・・あッ!そうだ!サラ金に行きましょうよ、朝になったらサラ金に行って借りればいいし!』
「えぇぇ~~サラ金で借りるんですか?私、借りたことないんですよ・・・」
『だいじょうぶ、だいたい、誰にでも貸してくれるから、サラ金だと・・・』
「えぇぇ~~?サラ金ですか?貸してくれますかね・・・タクシー代なんて」
『だいじょうぶですってば、だって金額は今のところ1,730円ですから・・・』
「でも、運転手さん・・・朝までこうやっていたら、料金どんどん加算されるんでしょ?」
『そうねぇ・・・時間の加算は90秒ごとに80円だからさ、1時間にすればだいたい3,200円だわね・・・っちゅうことは、今から朝の5時までが2割増しなんで・・・3,840円かけるの5で19,200円と、そっからサラ金のオープンまでが5時間見とけば・・・16,000円プラスでと、35,200になるわね・・・お客さん!』
「ええぇぇ~~~ッ!さんまんごせんにひゃくえん・・・」
『あっ、忘れてた・・・1,730円を足してと、36,930円なりぃ~~ですわね!』
「いやいや、そんな、電卓を突き出されても・・・そんな金額なんてムリ!」
『じゃぁ、どうするのよ、お客さん!』
「やっぱ、降ります、1,730円で・・・無賃乗車に、してください!」
『あっ、残念だねぇ~お客さん!たった今時間割り増しが付いちゃったよ、はい!80円プラスの、1,810円・・・だわ。』
「でも・・・1,810円・・・無賃乗車にしても、情けなくないですか・・・。」
『そだねぇ・・・じゃ、もうちょい走って、金額・・・乗っける?』
「いやいや、そっちじゃなくて・・・サービスしてもらうとか・・・。それにこんなことしている間に・・・今日の稼ぎも、無くなっちゃうだろうし・・・」
げっ!
いわれてみたらそうだわ、こんなことで時間潰してたら・・・今日の上がりが足りなくなるわ・・・。
どうするよ、おい。
「あ、そうだ、運転手さん・・・このまま仕事に行ってくれば・・・?オレここで待ってますから・・・仕事が終わったら、警察に突き出せば・・・?」
『う、う~~ん、どうするかなぁ・・・お客さん、あんた信用できる人・・・?』
「も、もちろん、信用できますよオレ、悪いやつじゃないし正直だし・・・」
『じゃぁ、お言葉に甘えて頼んじゃおうかなぁ・・・ひと稼ぎしてくるまで・・・待っててもらえる、ここで?』
「は、はい!はい、喜んで・・・。」
『じゃあ、ちょいと、行ってくるわ・・・とりあえず、ね?』
「はい、そうしてください・・・・・・行ってらっしゃいませぇ~~~!」
なんだよ、アイツ、いいヤツじゃん!
手まで振って、見送ってくれてるじゃん!
いやぁ信じて良かったわ・・・。
いやぁ・・・よかった!
これで逃げられるわ!
よっしゃぁ~!
次のタクシー・・・見つけよっと!
こんどは、ドジ踏まずに、ちゃんとやれるぞ・・・。
なんたってさっきの予行演習で、キャリア積んじゃったもんね・・・。
うふふ・・・。
お終い。
ってことで、今回は
「深夜のタクシー強盗と運転手の虚々実々の駆け引きとその結末の一部始終・・・。」というタイトルでショートショートにトライしてみましたよ。
似たようなテイストの記事はこちらにも。
では!
ショートショートも のほほんと。