『りばー・スプリング!』壁打ち用解題
【注意】本記事には、同人ゲームサークルBALANCEが制作した『りばー・スプリング!』に関する全ネタバレが含まれます。作品未プレイの方およびネタバレを知らずに楽しみたい方は閲覧しないようご注意ください。
こんにちは、ヤプシ街道の士戸です。私が以前に所属していたサークルBALANCEさんが『りばー・スプリング!』(以下『りばスプ』)を地道に通販してくれておりまして、本当にごく少数なんですがなんと15年越しぐらいにプレイして下さる方もいらっしゃるようです。
『りばスプ』は『夢を確かめる』と同じく私がディレクター業とライターを務めた作品なんですが、当時の流通数としては『夢かめ』以下でして、実はこっちの方が「幻」度はハイレベル。2007年の完成時でまともにプレイした人は本当に1ケタぐらいだと思われます。
ただ、親のひいき目がほとんどであるものの、力(リキ)だけは無駄に入ったゲームではあるんですよ。テキスト量は1MB以上、BGMも全部オリジナル、ボーカル曲は2つ収録と、当時の同人活動としては立派過ぎるほどに充実していたのではないかと(完成させたのがマジで偉い)。
相変わらず「人を選ぶ」タイプの作品ではあるんですが、そもそもこのゲームに対しての熱い感想を頂いたことが1つのきっかけで『夢かめ』制作に繋がっていったことを考えれば、なかなか大したやつです。
(※この経緯については、下記のひまり動画を見るか、『夢かめ』リニューアル版に収録している「同人ゲーム残酷物語」を読んでね! 宣伝です)
――で、ここからが本題なのですが、皆さんは「知名度が極端に低い作品を、よりにもよって自分が気に入ってしまった」時、どうされるでしょうか。
意欲が爆発した方は自分で二次創作に走ったりするのでしょうが、大抵の場合はそうならず、「これは読んで(やって)よかったな。他人と語れないのは惜しいけど、自分だけは良さを知っているということにしよう……」と、本当は誰かと語りたい欲をグッと抑えて大人への道を歩み出すのではないでしょうか。
しかも10年以上前の作品とかだと、他に新規読者が参入する可能性なんてゼロに近いわけです。そのうちに「こ…こんなに…こんなに悲しいのなら苦しいのなら………愛などいらぬ!!」(ドドオッ)と、誰よりも愛深きゆえに北斗の拳のサウザー化することを誰が責められよう。
そこで全国10人以下の『りばスプ』ファンの皆様に、作者の責任としてここに「壁打ち用解題」を記載したく思います。
「壁打ち」とは、テニスとか卓球のアレです。自分が打った球が返ってくるやつですね。我々は新規のプレイヤーを異世界から召喚することは不可能ですが、皆さんの横に壁として寄り添って、「あ~これそんな感じだったよね、うんうん」的なつぶやきを乱反射させることだけはできます。もしかしたら「え、そうだったの?」という新たな気付きもあるかもしれません。
人生の役には1ミリも立たない記事ですが、心の駄菓子として一瞬だけ気分を回復させるお役には立てることでしょう。
もう1つ、これを作成しようと思い立った理由は単純に私の備忘録です。
BALANCEさんが通販開始したのをきっかけに私も昨年、超久々にプレイし直してみたのですが、いやもう細部に関しては完全に忘却している状態だったため、「この展開、どうやって解決すんだヨ、おい……」と不安になったルートすらありました。
このままさらに5年、10年経つと細部どころか全ての記憶が失われそうなので、まだ私が人間の形を保っている内に記録を残しておこうという純粋に個人的な動機が芽生えたというわけです。
以下、『りばスプ』のストーリーに関して全力でネタバレをかましております。もしも作品未プレイの方およびネタバレを知らずに楽しみたい方がいらっしゃれば、プレイ後にまたお越しください。
【制作の経緯】
BALANCEというサークルは元々の友人同士で結成したもので、専門的な技術を持った人間はほぼおらず、かろうじてイラストを描ける朝比奈かぐらが含まれていたぐらいでした。スクリプトやCG彩色の技術はすべてイチからです。とんでもない熱意だ。
私はメンバーの中でまだ文章が書ける方だったので、ライターを担当。シナリオの全容を把握している人間が必然的にディレクター業も担当することとなり、素材集めや細々とした調整作業も行いました(※サークルの代表者は別です。代表者は主に経理関係&イベント出展やCDプレス依頼などの実務的な部分を担当してくれました)。
サークル全体の総意としては、「1作目なのでまずはオーソドックスな学園モノを作ってみよう」というものがあり、士戸がその指示を受けてシナリオ企画を立てたという流れになります。
(※当時の99%の同人ゲームサークルが辿るオチとして、「まずは1作目どころか1作目以降は消滅」というバッドエンドをBALANCEも迎えることになるわけですがそれはまた別の話)
士戸は無芸・無趣味であり、植物のような生き方をしていた人間でした。そもそもPCゲームやノベルゲームの類もほとんどプレイしたことが無かったのですが、色々と頑張って(←雑)シナリオ全体の構成を考えました。
「オーソドックスな学園モノとは何ぞや?」と自問自答しながら練っていった結果、「オーソドックスな学園モノをなぞりつつ、並行してメチャクチャな話にしよう!」と1人で勝手にアレンジを行い、少しずつ書き溜めていって完成したのが『りばスプ』です。書く作業は1年ぐらいかかったんじゃないかな……。
というわけで前置きがやたら長くなりました。以下から各ルートの「壁打ち用解題」となります。箇条書き&思い出した順に書いているので、統一性が無いですが、ダラダラと読むには最適なスタイルかと。
【共通ルート&出家エンド】
■「オーソドックスな学園モノ」といえば、主人公が朝、目を覚ますところから始まる。これに尽きます。その際のお色気シーンも18禁作品ならば当然用意すべきでしょう。そして主人公が痛い目を見るというのもお約束。後にも書くようにこのゲームの場合、その「お約束」が常軌を逸したものになってしまったのですが……。
■当時のノベルゲームで量産されていた、主人公の典型・相模黄次。――と思わせつつ、ちょっと性格的に難ありなのが目立つようになりました。
人格破綻者と言ってもいいんですが、これのせいで「感情移入ができない」というプレイヤーの方も当時はいたようです。少し創作論を挟みますが、「感情移入」できるか/できないか、という点はあくまでもその作品を構成する一要素であるため、できる/できないが作品の質を左右するわけでもない……ということは言い訳として述べておきたく思います。
もちろん「オーソドックスな学園モノ」を目指すのであれば「感情移入させる」戦略が大部分としては受け入れられますので、ここは無難な主人公を配置する方が正解なのですが、先にも書いたように「オーソドックスな学園モノをなぞりつつ、並行してメチャクチャな話にしよう!」という謎の縛りプレイがあることによって、その正解は選ばれないわけです。多分、他のサークルメンバーもこの辺りから違和感はあったのではないかと思いますが、退かぬ媚びぬ省みぬとサウザー化した士戸は止まりません。
■攻略対象のヒロインとしては、幼馴染の元気系女の子(世子)、ミステリアスなグラマー美人系後輩(麻ちゃん)、母性溢れるお姉さん系同級生(かなで)と、これはもう超超超超オーソドックスな設定。さらに普通なら1名ぐらいの男友人キャラがなぜか本作は3人(光義・清十郎・雪貞)もおり、学園生活を彩ります。このメンバーの学園生活自体は、にぎやかで楽し気なものになってるんじゃないでしょうか?(参加したくはないですが)
ところで今、気付きましたが男の友人キャラ3人はみんな、戦国武将みたいに堅苦しい名前になってますね。なんでだろう?
■上記メンバーに加え、この作品に無くてはならない重要キャラとして烏丸観子がおりますね。このキャラが主人公に負けず劣らず常軌を逸しており、クリア済の方にはもはや説明不要。
しかし人気キャラでもあります。全国10名以下のプレイヤーのほとんどがお気に入りなのではないだろうか。観子については各ルートにそれぞれ異なる形で関わってくるので、またその時に。
■共通ルートは超超オーソドックスなパターンをなぞっております。ドタバタでハチャメチャでワイワイとした学園生活ですよ、毎日がフリーダム。
サークルメンバーからは「この主人公たちが授業を受けてる光景がほとんど無いな」と指摘されたこともありましたが、退屈な日常を飛び越えて、ここではないどこか、今ではない明日に向かって青春を駆け抜けるというコンセプトがあったからです。
共通ルートで何度も見ることになる例の宴会シーンは、今だと注意書きがビッシリ入るのでしょう。河川敷寮は治外法権もいいとこですな。観子さんは保護者のくせに止めるどころか、自ら率先して酒盛り開催してるのでこらあかん。
■そしてやはり何度も見ることになるであろう、通称「出家エンド」。これは別に士戸のエゴを通したわけではなく、「バッドエンドは出家するのがいいな」というサークルメンバーの希望を忠実に反映させました。何故、出家するのかは今でも分かりません(18禁作品で煩悩を抑制する=バッドエンドという解釈なのでしょうか?)。
最大の問題は、「普通の感覚でプレイしているとほぼ100%、出家エンドになる」ということです。各ヒロインのフラグ管理に関わってくるのですが、ここが本当に難易度高い。世子ルートに入るかどうかの選択肢がポイントです。世子のことを気遣って、保健室にお見舞いに行っちゃ「ダメ」なんですよ。ここは冷酷なクズ男を演じることによって世子ルートに見事入ることができるんですが、初見プレイヤーにそんな異世界の法則が通じるわけもなく、残念ながら断念した人もいたのではないでしょうか。
無駄に難易度を上げてしまったのは完全な反省点ですね。いや、幾千幾万の出家ループを繰り返して、真のエンディングにたどり着くという感動的な構成だと取れなくもない…か?
【世子ルート】
■このルートに関してはメンバーの要望通り、「オーソドックスな学園モノ」に徹しました。もうどこからどう見ても超王道であり、ルートに入った瞬間、全プレイヤーがすべての展開と結末を予測できたのではないかと思います。
しかしこのゲームは前もってジャンルを「さわやかサイコSFチック健康系ADV」という複雑怪奇なものにしていたので、それに合わせなくてはなりません。一応、世子ルートは「さわやか」も「サイコ」も「SFチック」も「健康系」もすべて含まれているはずです。これらが混ざり合うことで訳の分からん展開にも途中なるんですが、全体的には上手く収まりました^^
■ちなみにこの記事の前書き部分で「この展開、どうやって解決すんだヨ、おい……」となったのは、このルートです。具体的には、主人公と世子の関係がいったん怪しくなって、世子に殺される(?)寸前まで行く箇所。
脅迫電話の主の正体が清十郎で、朝食でおかずを盗んだことをあれほど恨みに思っていたとはさすがの作者ですら予想不可能でした。どういう頭をしてたらこんな話が書けるんだろう? 清十郎も「憎い」じゃねえよ。ちゃんとはっきりクレームを付けろ。
■このルートでは、これまで傍若無人だった主人公が、世子と付き合うようになってからは結構まともな(いや十分おかしいですが)人格になっている気もします。というよりは、世子のためなら色々と頑張るようになったのかな? この辺りのムズがゆさみたいなのは、青春系のストーリーとしてかなり意識したように覚えています。
それにしても世子はどうしてこんなクズ主人公のことが好きだったのでしょうか? 一応、両親たちの非人道的な「計画」があったことは確かですが、例の事故が起きたことでそれはご破算になったはずでし……。可能性としては、田舎なので他に異性と知り合う機会が無かったというのが有力です(台無し)。
■しかしこのルートは、主人公と世子の両親たちがマジで人でなしすぎる。ひでえ、あまりにひどい。科学者という職業へのイメージを大幅に下げる作品になっていますね。
もうちょっとシナリオ構造的なコメントをしておくと、ストーリー内の「悪役=超えるべき障害」がこのルートは当初から失われているという状況です。なので王道でありつつ、そこだけはちょっと特殊。具体的な悪役が存在しないのであれば、あとは自分の気持ち次第でエンディングまで突っ走っていくかどうかは決まります。ただしそこで倫理や道徳という世間の常識が歯止めになるわけですが――「普通」ならそういう選択はしないけれど、主人公がどうしようもない非常識人間であるという設定が、一応の伏線になっているんですね。
そうなると、設定の必然性という意味ではやっぱり本作のメインルートはこれになるのかなあ。
■このルートにおける観子さんの役割は、上にも書いた「悪役」の身代わりみたいな感じですね。本当の悪役である「両親たち」が既に存在していないため、一応、主人公の前に立ちはだかる「壁」のようなことを作中でやってくれるわけです。観子さんは重度のシスコンなので、世子と主人公をくっつけるのにはやや躊躇いがあったかもしれませんが、最終的には当人たちの意思を尊重しているということで、もうほとんど「親」です。
シナリオの結末辺りで雪貞が核心を突くようなセリフを言うんですが、その時の観子さんの心境はやるせなさそうですね。
■サークルメンバーにも言っていなかった裏設定ですが、ゲーム全編通して観子が主人公に激しい暴行を加え続ける(笑)理由に、実は「強い衝撃を脳に与えることでメルヒオールを排除できるのではないか?」というものがあります。ひどすぎる理由。テレビを叩いて直すみたいな感じですね。
まあ、それとは無関係に他の男子連中にも制裁を加えているので、結局は暴力振るうのが一番というだけなんでしょう……。
■観子と世子の名前には関連性を持たせており、2人を合わせると「観世」という言葉になります。これは「観世音」(仏教のいわゆる観音菩薩さま)から1文字ずつ取って、以下のエピソードから2人が親族関係であることを暗示させています(…が、これを知ったからといって特にストーリー解釈に対しては何の意味も無い!)。
【麻ルート&プレストーリー】
■世子ルートがギャルゲーのハッピーエンド的な王道であるとすれば、麻ちゃんルートはビターエンド的な「王道」としての位置づけです。
また、美少女ノベルゲームのテンプレートの構造としては「主人公が+女の子と出会い+隠された境遇・運命と対決し+結末を迎える」というものがあり、『りばスプ』の3ヒロインルートはすべてこれに従っています。
ここの「女の子」や「隠された境遇・運命」にどんなスパイスを振っていくかがミソでして、「泣き」のシナリオを作る手っ取り早い方法は「可哀そうな女の子」と「動物」を出すことです。BALANCEメンバーも「まさかこんな適当な顔のペットの話がここまで泣きゲ―になるとは…」と当時驚いてましたが、やはりこの2つの要素は超強力なんですね(麻ちゃんルートに感動して下さったという方がいれば、こういうネタばらしは逆に興覚めになるかもしれません)。
■ただシンプルな「泣きシナリオ」だけだと、書いてる方はあんまり面白くない。そこで例の「並行してメチャクチャな話にしよう!」の出番になってきます――そうだ、『DEATH NOTE』みたいな推理合戦を入れてみよう、と思い付きました。
おそらく『りばスプ』全ルートの中で、麻ちゃんルートが最も主人公クズ度MAXだと思われますが、それは彼に『DEATH NOTE』の月役を任せたせいもあるでしょう。このルートでの狙いは、そうしたクズ度を高めることで、主人公という存在の威厳というか崇高性を剥奪することでした。
■「泣き」のシナリオは、どうしても「世界に私たち2人だけ……」といった自分たちに酔った展開になりがちです。個人的にあんまりそういうのは好きではないので、「悲劇のヒーローぶってるけど、君は別にそんな大層な存在じゃないんだよ」と、シナリオ構造的に宣告するために推理合戦でのクズぶりを必要としたわけです。一言でいえば、このルートの主人公は「無力」を体現する人物で、推理合戦にしても麻の秘密にしても、大元となる状況の改善には一切貢献していません。そうした「無力」を言い訳にして、「可哀そうな女の子」が悲劇的な結末を迎えることに私たちプレイヤーは涙しているのかもしれません……と、深読みしてください。
まあ、そんな小難しいことを考えなくとも、シンプルな「泣きシナリオ」としても一応通用するようには仕上がっているはずです。そこは自慢。
■前書きの「この展開、どうやって解決すんだヨ、おい……」はこのルートでも感じたところでして、それは推理合戦の騙し合いです。もうここら辺の細かいトリックについては記憶がすべて抹消されており、次から次へのどんでん返しにありえねえ伏線の張り方について、素直に15年前の自分はすごいと思いました。いや、ここまでどうでもいい部分にそんな力入れてどうするの?という呆れの意味です。
今更ですが、これはプレイヤーでウンザリする人も出てくるだろうなあ……と大いに反省。しかし反省はするだけで、特にそれを改めないのが士戸クオリティ。
■観子さんは、このルートでは完全に裏主人公ですね。相模黄次がクズ過ぎるがゆえに、観子さんの株が相対的にどんどん上がるという構造です。
確かに観子さんの視点になりきって『りばスプ』という作品を振り返ると本当につらいというか、よく心労で倒れないなと不安になってきますね。観子さんが麻ちゃんに対してはそっけなく接しているというのも、理由が分かるとしんどいものがある……。
しかしそこを踏まえて読むと、ラスト付近の自動車で研究所に2人で向かう際の会話は胸に来ます。
おそらく彼女にとって、麻ちゃんはまさしく「もう1人の妹」なんでしょう。それゆえに、あの事故は彼女の一生に渡る傷を残してしまったとも言えます(珍しくまじめなコメント)。
■しょうゆの「うまいなー」という鳴き声には元ネタがありまして、これは吉田戦車氏の漫画『象の怒り』に登場するアキという少女が、和食を食べて「うまいなーしょうゆは」と言ってる1コマがあるんですね。説明不可能なんですが、なんというかもうその1コマの絵とセリフのマッチ具合が素晴らしすぎて私の心にズビビッと刻まれてしまい、唐突に使ったというわけです。なお、麻ちゃんルートの内容とこの漫画の関連性はゼロです。ただ使いたかっただけ……。
(ちなみに、そのセリフに対する「日本は僕ら忍者部隊の心のふるさとです」というのも大好きでして、セットで記憶しています。どんな漫画なんだよ、と疑問に思われた方はぜひ何かの機会でお読みください)
■プレストーリーについても補足しておきます。そもそもこれは、『りばスプ』制作途中で体験版を出さなきゃいけないことになった時、何故か「新規でストーリーを書いた」ことで生まれたものです。それはもう体験版じゃねえだろ、というツッコミがサークル内で噴出したことは言うまでもありません。
裏設定として構想だけはあったものですが、しかしテキストとして出力していたのは今となっては良かったと思っています。プレストーリーを読まなくても麻ちゃんルートの大半は理解できるものの、あらかじめ読んでおくと清十郎というキャラに対する印象がまた変わってきますね。
■プレストーリーの効果はもう1つあり、上にも書いた「主人公という存在の威厳というか崇高性を剥奪すること」がより前面に出てきます。プレストーリーでは、子供の頃の清十郎が麻ちゃんのお相手(=主人公)を務めることができたように、麻ちゃんというヒロインに対する「ヒーロー」役は誰でも代入可能になっているわけです。完全に「運」ですね。『りばスプ』というゲームでは、たまたま相模黄次という少年がそこに入ってしまっただけと見なせます。
この辺りは麻ちゃんというキャラに課せられた設定・特徴と絡めつつ、さらに美少女ノベルゲームのヒロイン/ヒーロー関係という大きな枠組みとも関連付けて考えて頂ければ幸いです。
■麻ちゃんルートだけEDにボーカルソングが入ってるというのは……制作期間と労力の問題という大人の事情です…。これじゃまるでメインルートみたいに……。
まあそれはいったん脇に置いておくと、このボーカルソング「and say anything」は大変良い曲だと思います。タイトルを無理やり日本語訳すると「何か言ってよ……」になります(誰がどのシーンでこのセリフを言っていたか探してみよう!)。アルファベットのイニシャルを並べると「ASA」ですね。
【かなでルート】
■このゲームを進める順番で適切なのは、世子ルート→プレストーリー→麻ちゃんルート→かなでルートだと思われます。最後にやった方がいいだけあって、例の「メチャクチャな話にしよう!」スタイルを一番まともにくらったシナリオになります。
ただ自画自賛になりますが、ここまでメチャクチャに乱れ飛んだ後に一応のオチを付けるというのは、やっぱり15年前の自分何考えてんだとなりました。特に山中でのバトルロワイアルが終わった後、それが回想シーンとして一瞬で「現在」に戻るという演出――15年後の自分をマジで感動させたよ(その伏線として、バトルロワイアルが始まる前にゲームタイトル画面を表示させているという念の入れっぷり)。それだけでこのルートを作った意味はあったと思えるインパクトでした。
■しかしこのルートについては、改めて解題を書くのが難しい。様々なフィクション作品のコラージュとしてシナリオが再構成されているのでいちいちそれらを参照しなければならず、この記事では無理ですね。
最も根本にあるかなでと主人公の関係性の元ネタは、梶尾真治氏の短編小説「時尼に関する覚え書」です。元ネタというか、ほぼそのまんま。「覚え書き」=memorandumという単語が作中でのチャットツールの名前にもなっています。
梶尾氏の時間SFといったら「美亜へ贈る真珠」が圧倒的に有名でしょうが、時間というガジェットの使い方としてはこっちの方が好み。以下の短編集に収録されていますので、よろしければ。
■かなでルートの目玉は何といっても、例の「モグラ叩きゲーム」ですね。これは士戸のこだわりと考えて頂いていいのですが、せっかくPCでプレイするゲームという媒体を制作している以上、「ただテキストを次から次へと読んでいくだけ」というタイプのゲームは作りたくなくて、何らかのゲーム性を込めたいのです。ゲーム特有のシステムと関連付けたシナリオにしたいということになります(これは『夢かめ』を知ってる方なら納得して頂けるかと思います)。
……で、『りばスプ』で実現できる「ゲーム性」って何よ?ってなった時に、スクリプト担当のメンバーと話し合って出てきたのがなぜか「モグラ叩き」。NScripterって色んなことができるんだなあ。
このモグラ叩きの場面で負けてしまうと、ばる夫&ミニ世子が登場してアドバイスしてくれます(ほとんど意味のないアドバイスだけど)。
それにしても観子に自力で勝てるプレイヤーの方が15年後に現れるとは、制作陣の誰もが予想しておりませんでした……。いや、これはここ数年で1番驚いた出来事かもしれないです。人生って本当に何があるか分からない。
■主人公の狂った思考や言動は、すべてかなでが仕込んだものだと考えるならば、ある意味で諸悪の根源はこのキャラではないのだろうか…(笑)
シナリオの展開としては究極のマザコンと呼べるもので、まあ1000%純粋なファンタジーですよねえ……。
■このルートでの観子さんの役割は「共犯者」。2人の付き合いは結構長い上に、寮のメンバーで過去の真相を知っているのも2人だけなので(麻ちゃんはイレギュラー)必然的に友人関係は深まっていくことになります。
観子の「カナさん」呼びはわりといい感じだと思うのですが、どうでしょう?(誰に対して?)
■一応は研究所に関連付いてる人物であるにもかかわらず、その機械オンチっぷりでどうやってこれまで生きてこれたのか。
■かなでが使う謎の拳法は、ジャッキー・チェン主演の『蛇鶴八拳』に登場した「蛇鶴八歩」です。秘伝書を読まなければ会得できないはずですが、かなでは一体どこで学んだのだろうか……。
■ちなみに、光義と対決した時に出てくる最後のセリフは、『ファイアーエムブレム 紋章の謎』のハーディン撃破時のもの。清十郎が戦闘開始に言うのは『真・女神転生Ⅱ』のレッド・ベアーですね。観子が言ってるセリフはもちろん『LIVE A LIVE』のストレイボウの名シーンからです。
こういう風にかなでルートは無数のパロディ元があるので、また何かの機会があれば元ネタ集でも制作します。
【3ルート共通のテーマ?】
■テーマというものを仰々しく設定しているわけではありませんが、あえて全編を一貫させるものをと問われたならば、「愚かさ」です。これは最初の構想段階から確定しておりまして、どのキャラクターもそれぞれの「愚かさ」を抱えながら葛藤や後悔が入り混じることで、ドラマが展開しています。
「オーソドックスな学園モノ」という指定ですから、必然的に10代の少年少女がメインの登場人物になるわけですが、そんなもん「愚か」であるに決まっています(超偏見)。
■主人公の役割は3ルートでもちろん微妙に異なるのですが、ヒロインとの関係で言うと、以下のような対比になっています。
・世子ルート…ヒロインと共に戸惑う(同じ速度)
・麻ちゃんルート…ヒロインから常に遅れる(問題の解決には至らない・無力性)
・かなでルート…ヒロインに先んじる(最後の一手を決める)
これにプラスして、上の画像で示しましたゲームのジャケットに描かれた謎の3本矢印は、それぞれのヒロインに課せられた「時間」の流れと関わっておりまして、
・世子ルート…正の流れ(「普通」の人間として時を生きる)
・麻ちゃんルート…停止(彼女に時は流れていない)
・かなでルート…逆の流れ(シナリオで説明された通り)
というように、3つのルートは三すくみ?のような関係として一応は設計しているつもりです。
■ジャケット表紙に書かれている謎のオシャレっぽい英文は完全に自己満足。Chaka Khan(チャカ・カーン)の名曲「And The Melody Still Lingers On(永遠のメロディ)」の歌詞を、本作のストーリーに合わせて部分的に改変したものです。
「And The Melody Still Lingers On」は、「A Night in Tunisia(チュニジアの夜)」というスタンダード・ナンバーを原曲としており、チャカ・カーンは偉大なるジャズの先達に対する敬意をこめて、新たに歌詞を書いています。
そこの部分を悪用して(!)、このジャケットでは「先に生きてたバカどものせいで今、えらいことになってる」という恨み節を込めた歌詞に改変しました。観子さんの心情に近いのかな。
そろそろ力尽きたので、ここまでにしておきます…。
ストーリーや設定について書いたものが多いので、今回の記事がもし全国10人以下のファンの皆さんに好評であれば、次はキャラに関する解題でも挑戦してみます。
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