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お久しぶりにと、山月記に関する一考察を。

こんにちは!お久しぶりです。いつかの記事で、お久しぶりということは相対的なものだから云々というお話をしたのですが、それにしてもお久しぶりです。

最近は、noteを開くこともめっぽう少なくなってしまい、みなさんとの交流が少なくなってしまっていました。寂しいなという気持ちもありながらもなんとなくだらだら書かずにここまできてしまった次第です。

流石の私も、2022年最後は少し頑張るぞということでこうして書かせていただいています。終わりよければすべてよしを都合がいいように解釈するような私なので。とは言ったものの、あまりにも長く書いていない期間があるため、何を書くのかというのもとても悩んでいました。正直それが、なかなかnoteが更新できていなかった理由でもあります。ということで、今回は学校の日本語クラスで書いた小エッセイ?のようなものに少し手を加えて公開させていただくことにしました。

お久しぶりにと書く内容としてはふさわしいくはないかもしれません。(ふさわしい内容というものがあるかはさておき。)でも、このエッセイを読んで、論理の矛盾点、共感できる点、ちょっと不明瞭な点、全く違う考え方などコメント欄でもどこでも共有していただけると嬉しいです。

山月記といえば、高校の国語の教科書でお馴染み。高校2年生の小説教材としては、教科書掲載回数は過去最多を誇るそう!(漢字文化資料館)
みなさんの中にもどこかで読んだことがあるという人も多いのではないでしょうか?ただ、昭和初期に書かれたものであると同時になかなかに格式が高いように見える文体。漢文調で、短く切れると思いきや、いきなり長くなる一文。現代文学やビジネス書などの読みやすい文章に慣れた私たちにとっては少し読みにくいかもしれません。

それが原因で途中で読むのを諦めた、もしくは苦手意識を持ってしまったという方もいるかと思います。正直なところ、私も、自分から好んで読むような作品かと言われればそうではないです。ただ、読んでみると流石に評価され続けている作品、何か学ぶところもあるわけです。

今回私が注目したのは、他者と自己の関係についてです。かなり抽象的なテーマでなんの話か全くわかりませんよね。大丈夫です。書いた私ですら、ところどころ何言ってるのかわからない部分があります(笑)。とりあえず、読んでみていただけると嬉しいです。

まだ、山月記を読んだことがない方のために。青空文庫で全文が掲載されているのでリンクを貼っておきます。一応山月記を読んだことがなくても、なんとなく楽しめるような内容となっていますが、一読した後に読んでいただけるともっと楽しめるかなと思います。




山月記からみる他者と自己の関係に関する一考察

李徴は、他者を自分の中に見出そうとした人だった。こういうふうに、李徴を紹介できるだろうか。山月記の中で、李徴は、優秀だけれども、どこか他者と交わらない人のように描写されている。例えば、冒頭部分の「故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。」というのは、直接的にそれを表している。他者のことなど全く気にせず、我が道を行くような印象を受けるだろう。しかし、もう少し深く読み込んでみると実は他者のことをものすごく気にしている人のようにも見えてくる。例えば、「下吏となって長く膝(ひざ)を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺(のこ)そうとしたのである。」という一文がそれを示唆している。もし、他者のことを全く気にしないのであれば、自分の名前を死後100年に遺そうなどとは思わないだろう。李徴が、賤吏となるのを拒絶したり、詩歌としての名を遺そうとしたりしたのは、強烈な他者意識に依るとこが大きいと言えるのではないだろうか。

ただ、もう少し読み進めると実はそうではないかもしれない。李徴は、他者を自分の中に見出そうとしたのではないだろうか。他者を自分の中に見出すとは、別の言葉で言い換えるのば自分の延長線上に他者をとらえるということだ。これと対比して用いられるのが、相互独立的自己観という、自分と周りの他のものは完全に切り離された実態だという考え方である。自己はしたがって、他のものと違うという事実に基づいて定義される。この考え方は、当たり前に聞こえるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると、誰しもが、他者を自分の中に見出すという行為を行っている。例えば、他の人がどう考えているのかということを自分の頭の中で考える時。そこには、なんの根拠もなく、頭の中で想像している「他の人」というのは実際に存在している「他の人」とは全く異なる全く別の人だ。しかし、その「全く別の人」を目の前に実際にいる「他の人」と重ね合わせることで、その相手が何を考えているのかを想像しようとするのだ。この考え方の根底にあるのは、他者は自分の中に存在するのであり、それは自分と完全に切り離すことはできないという考え方だ。自分がいて、その延長線上のどこかに他者が存在している、そういうふうに他者と自分の関わりを定義することもあるだろう。李徴の場合は、この傾向が極端に強かったのではないだろうか。それと同時に、社会的に言われている集団での論理や地位や名誉によって心の中に大きな矛盾が生まれてしまったのだ。

それでは、社会での論理とはなんだったのか。このお話は中国の人虎伝を元にしているが、作者は日本人であるため日本を元にして考えてみる。日本人は、しばしば集団主義的であると評される。しかし、それは本当なのだろうか。確かに、日本人は、他人のことを思い遣って行動することができる。しかし、そこに自分という感情が入り込んでしまっているが故に、本当に相手のためになることをできていないことも多々ある。例えば、こんな話がある。あるお爺さんが、冬の日に凍えているアヒルのヒヨコを見つけ、あったかいお湯を上げた。すると、もちろんお湯でひよこはみんな死んでしまったという。これは、他者を「自分とは違う」と捉え、客観的に相手の身になるのではなく、「自分の中に相手を作り出し」その「全く別の」他者に対して共感しているからこそ起こり得ることだろう。このように、日本人的な他者というのは自分の中にあることが多い。これが、日本人特有なものなのかはわからないが、少なくともどの人にもある程度の心当たりはあるだろう。その中でも特に、日本や中国といった国々には、主に儒教に端を発する「集団の中の自分」または、「自己犠牲」という考え方も社会の中に浸透している。これは、極端に言えば、自分を殺してでも社会のために良いことをするのが正義であり、私的自己意識というのは悪であるという考え方である。そして、重要なことに、この考え方は、自分の中に他者を作るという行為と矛盾する。なぜならば、自分の延長線上に他者をとらえるということの根本には強烈な自己意識というのがあるからだ。

李徴が自己意識が強い人であるというのは比較的読み取りやすい。例えば、先ほどと同じ部分になってしまうが、「故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。」という部分。この部分からは、李徴が他者と同等のことをするのを嫌い、自分の理想とする自分になりたいという強い意識が読み取れるだろう。しかし、ただ自己意識が強いだけならば悩まなくても良いはずだ。「数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。」という部分は注目に値する。もし、本当に自己意識が強いだけだったならば、妻子のことなど気にしなかっただろう。妻子のことを気にかけ、自分の信念を曲げてまでも官吏の職に戻ったのは、社会的な期待を感じていたからだ。自分のことよりも、家族を大切にするべきであるという社会的な期待。この考え方から、抜け出すことができなかったのだろう。李徴が、このことで葛藤しただろうというのは、李徴が、科挙に若くして合格した秀才だったという点からも想像に難くない。科挙というのは、儒学に基づいており、その教えは、前述した通り、自己犠牲を是とするものも多い。それもそのはず、儒学というのは、人間同士の相互関係を軸に作られた学問だからだ。そんな思想的な要素が多い試験で高得点を取るということは、少なからず儒教の影響を受けているだろう。そんな思想的な正義感と、自己意識の間で葛藤しただろうというのは理解に難くない。他者を自己の中にとらえるというのは、李徴の独白の部分によく描かれている。そもそも、独白というもの自体が、自分を中心に物事を振り返るという行為である。そして、そこには、物事の中心には自分がいるという考え方が根底にある。実際に、本文中から抜き出すのであれば、「人間であった時、己(おれ)は努めて人との交(まじわり)を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが殆ほとんど羞恥心(しゅうちしん)に近いものであることを、人々は知らなかった。」という部分がそれをよく表しているだろう。周りの人がどう思っていたかなんてわからないのに、勝手に「自分の中の他者」を作り出し、他の人が何を言うかを勝手に想像していたのだ。李徴にとって、他者というのは自分の延長線上にあるものであり、自分の頭の中に存在するものだった。本文中に、「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという」という一文がある。これを言い換えると、「人間誰にでも、自己意識という猛獣を飼っている。」ということができるだろう。そして、その猛獣は、他者や社会という檻と折り合いを付けながら自分の中に存在している。李徴の場合は、それが、虎だった。しかも、あまりにも強大な虎であったがために、押さえつけることができず、ついには野に放たれてしまったのだ。社会や他者と自己意識の間に生まれる矛盾。多くの人は、これをなんとかバランスを保って生活をしている。しかし、李徴の場合は、自己意識という猛獣があまりにも強かったのだ。社会の中で隠され、制限されてきた自己意識が虎という形になって現れたのだ。

そう考えると、山月記というタイトルにも何か意味があるように感じる。月というのは、美しさとともに孤独を連想させる。それは、夜の空にポツンと一つだけ浮かんでいるからだろう。月が放つ青白く、どこか儚い光もそれを連想させる。孤独というのを、この山月記に当てはめるとするならば、自己意識と言えるだろう。自己意識というのは、自分の中にのみ存在するものだ。人の中で、自分という孤独感を抱かせるのは、自己意識のなせる技だろう。そして、山というのは、他者や社会を象徴している。山というのは、木々の集まりであり、人間にとって身近なものだ。つまり、簡単にまとめると、月というのは「自己意識」を、山というのは「他者」を表している。「山月」というのは、山上に出ている月という意味である。これは、李徴の自己と他者の考え方の変遷に多く関係している。山月記の最後の一文は、「虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮ほうこうしたかと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。」というものだ。すでに白く光を失った月というのは、明け方を表してるのだろう。夜が始まったころ、月は、山の後ろにかくれていた。これは、自己と他者が重なり合っている。つまり、ここでは自己意識は、他者や社会の後ろに隠されている。しかし、時間が経つとともに、月は南の空へと上がっていく。これは、自己意識と他者の乖離を示しているのである。月という自己意識によって、山、つまり他者を浮かび上がらせる。これが、他者を自己意識の中に見出すという状態だ。強大な自己意識が、他者というのを全て作り出している。さらに興味深いのは、そこで止まらないという点だ。「白く光を失った」というのは、自己意識の消失を表している。自己意識があまりに強大なため、それはもはや人間ではなく、虎という形になって現れた。その虎の中で、「李徴」という人間としての自己意識は消えかけている。このように、「山月記」というタイトルは、李徴の他者と自己の関わりを示しているのだ。

このように、山月記の大きなテーマは、自己と他者の関わりと論ずることができるだろう。李徴が虎になったのは、強大な自己意識によって、他者を自分の延長線上に捉えたからだろう。そして、それと儒教などの社会的な思想からくる正義感の間で生じた矛盾を抱え続けたのだろう。そして、その矛盾の間で、自己意識を抑えきれずにそれはついに猛獣となり虎という形で姿を表した。李徴は、独白の中で、「己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。」と語っている。李徴が語った通り、自己と他者というのはどちらかを選ぶことができれば単純で楽になれるだろう。自己意識を強めるのならばとことん強め、他者のために尽くすのならばとことん尽くす。どちらかを選べたらどんなに楽かはわからない。しかし、そんなに単純でないのが人間の性であり、おもしろいところだろう。悩みに悩み尽くし、それでもまた悩みながら生きていく。それが人間だ。他者と自己について、虎にならないように気をつけつつ悩んでいきたいものだ。


以上、山月記に関する一考察でした。 

読んでいただいたらわかる通り、色々なところで論理の矛盾であったり飛躍であったりが存在します。ぜひ、これを読んで、ここちょっとわかんないなというところがあれば、質問していただけると幸いです。そうやって、もうちょっと自分の論を固めていけたらいいなと思っています。

ということで、今回は、お久しぶりにということで、山月記に関する一考察を書かせていただきました。

というふうに書いていたら、公開するのはもう12月の31日。今日で、2022年も終わりですね。今年も一年間お世話になりました。みなさんの存在無くしては、こうやって書き続けることはできていません。来年も関わっていただけると嬉しいです!

それでは良いお年をっ



このnoteは、自分の考えを発信したいという上下変動が激しい不安定なモチベーションと、皆様からのとてつもなくパワフルなサポートで成り立っています。いただいたサポートは、なんらかの形で皆さんに還元できるように大切に使わせていただきます。いつもありがとうございます!!