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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第四十二話:ストーリーテリング」

【連載小説】「それまでのすべて、報われて、夜中に」
 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第四十二話:ストーリーテリング

 明治通りを並木橋で曲がり、代官山駅方面に少し進んだ場所でタクシーを降りた。道路の向こう側で代理店営業の牧内がボクを出迎えに外に出てきていた。すらっとした長身で、冬でも肌が浅黒い牧内は遠くからでも目立っていた。

 以前までは雑誌のタイアップ撮影の立ち会いは松田と同行していたが、一ヶ月前に松田が新商品開発のプロジェクトに参画して忙しくなってからはボク一人での立ち会いも増えた。天性のモテ男である牧内は、女性達の懐に入るのは年齢問わず上手かったが、年下男性であるボクとはまだ少し距離があり、二人だけになると少し緊張した。

「ここ入り口わかりづらいんで、着いてきてください」

 牧内の後に付いて、倉庫のような一階を抜け、五階にある撮影スタジオに着いた。

「クライアントさん、入りますー」

 室内には大音量でファレル・ウィリアムスの『Happy』が流れていた。牧内の声が聞こえなかったのか、部屋の奥で平岩由美がカメラマンとモニターを覗き込んでいる。

「平岩さん!」牧内が近づいて再度声を掛けると、顔だけこちらを振り向いて、ボクを認識した。

「おっつー。いい感じのブツ撮り撮れてるよー」

 そういうと再び顔をモニターへ向き直し、カメラマンとの会話に戻っていった。仕事中の平岩からは良いものを作りたいという意志が全身から放たれている。この人は迷い無くこの仕事が好きなんだろうと思うと羨ましさと同時に焦りを感じた。

 牧内に促されて大きなウッドテーブルに座った。来る前に六本木ヒルズで買ってきた塩キャラメルシュークリームを差し入れとしてテーブルに置いた。松田からは、編集スタッフが喜ぶ気の利いた差し入れを買って行くようにいつも言われていた。食べることは好きであっても、大して食に拘りのないボクには苦行だった。ただ、我々のブランドは異業種から後発で美容業界へ参入したため、少しでも編集者達を味方に付ける必要があり、そのために松田が行ってきた小さな積み重ねの一つであることは理解していた。松田もまた仕事に対して全力投球するタイプだった。

 しばらくすると隣の部屋から日常生活では目にすることがないレベルのスタイルの良い女性が入って来た。今回のタイアップに登場するモデルの伊央梨だった。メイクと衣装の準備を終えたところのようだ。伊央梨はこちらを見て、平岩がいないことがわかると無言で軽く会釈した。こちらとは反対側に平岩の後ろ姿を見つけると「由美さーん!」とテンション高く発声した。平岩も伊央梨の全身を見てから「イオちゃん、やっぱ何でも似合うねー、今日も完璧じゃん!」と同じテンションで応戦した。

 伊央梨は長年務めた女性誌の専属モデルを三十歳となる昨年末をもって卒業し、今年から他誌へも積極的に登場している。

 二人はカメラマンを交えてしばらく話をした後、こちらに近寄って来て、平岩が伊央梨をボクに紹介した。

「こちらがクライアントさんです!」

いつになってもクライアントと紹介されるのが苦手だ。どこかで自分達とは線引きされているような気持ちになった。

「どうも、伊央梨です。今回はありがとうございます!」

 今度はしっかりこちらの眼を見て挨拶され、彼女から放たれる陽のオーラに圧倒された。自分のような暗い性格の人間には眩し過ぎる。こちらがぎこちなく挨拶を返していると、牧内が横から「写真ご一緒に撮っていたただいたらどうですか?」とカットインして来た。

 正直、少しでも早くこの場を切り上げたかった。そして、有名人と写真を撮るのは自分がミーハーな一般人ですと宣言してるかのようで好きじゃなかった。

 しかし、こちらが断る隙も無く、伊央梨が「是非、撮りましょう!」と言うので、撮らざるを得ない状況になった。

 牧内にスマホを渡し、伊央梨の横に並ぶ。やはりメイクも服装もバッチリ決めた第一線のモデルに身体を寄せられるのは非日常な体験で、居た堪れない気持ちになった。

「どうでしょう?」と牧内が見せたスマホには、こんなどうでも良い写真にも完璧な笑顔で収まる美しいモデルと、その横でなんだか引き攣った笑顔を浮かべたサラリーマンの姿が映っていた。

 伊央梨が登場するカットの撮影が始まった。カメラマンからの要求に即座に正解のポーズを出す抜群の瞬発力で、テンポ良く撮影は進んでいく。

 続いて、インタビュー録りへ。美容ライターを相手に自身が美しさを保つために行なっている日々のケアと当社製品の使い心地を上手にまとめて回答する。最後に、今後のキャリアについて話が及んだ。

「専属モデルを卒業して、これからは自分がやりたかったことに歯止めを掛けずに積極的にチャレンジしたい。まずは、年明けから始まる舞台がその第一歩。慣れない芝居の稽古は大変だけど、毎日がとても充実しています」と澱みなく語った。

 珍しく巻いて二十時過ぎに撮影が終わると、牧内が平岩とボクを中目黒の焼肉屋へ誘った。松田抜きの珍しい三人での場に多少緊張していたボクは、生搾りレモンサワーを早いピッチで飲んだ。絞ったレモンが段々と積み重なっていく。

 ボクは酔った勢いで唐突に先日の麻衣子の話をし始めた。

「ちょっと長くなりますけど、いいすか?」
「要点絞って五分で話して」と平岩が半笑いで返す。

 しかし、最終的には就職活動での出会いから、つい先日の電話の内容まで、時に真剣に、時に笑いを交えて三十分以上掛けて丁寧に話をした。牧内は途中でトイレへ立ったきり戻って来ない時間が半分くらいあったが、平岩は「そこのディティールはいいから先進みなさいよ!」などと合いの手を入れながらも、何だかんだで興味を失わない様子で最後まで付き合ってくれた。

「で、富山まで行こうと思ってるのね?」赤ワインのグラスを飲み干した平岩が訊く。

「とりあえず会って考えようかなって」ボクはあれから時間が経っても自分の気持ちがわかっていなかった。

「富山行ったらさあ、絶対ヤッて来な。泊まるんでしょ?」
「えっ?こんな時にですか?」
「こんな時だからだよ。ヤッてみてその子との関係がはっきりするよ」
「そういうもんですかね、、、」
「そういうもんだよ。今後のためにも、白黒はっきりさせた方がいい」

 今頃、富山で真剣に苦悩しているだろう麻衣子のことを想うと、酒の勢いとはいえ、仕事関係の相手との話のネタにしたことに罪悪感を覚えた。ただ、ボクもどこかで誰かに話を聞いて欲しかった。そして、平岩の言葉には謎の説得力を感じていた。

「帰って来たら報告会やりましょー」
「牧内さん、全然興味なさそうだったし、面白がりたいだけでしょ!でも、いいです。白黒ははっきりさせてきますよ。俺、マジで」

 いつものカラオケで松田と合流するという二人と店の外で別れた。酔い醒ましに目黒駅まで目黒川添いを歩いて行こうかと思って歩きだしたものの、冬の東京の寒さが厳しかったので、中目黒駅から電車に乗って帰った。

次回、第四十三話は11月18日(木)更新。

【作者コメント】
写真撮られると「オレ、こんな変な髪型になってたんだ、誰か注意してくれよ…」という気分になることが多い。というか自分の髪型にしっくり来たことが無いので、みんな自分に似合った髪型にちゃんとセットしてて凄いなと思う。




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