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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第一話:ロスト・イン・コミュニケーション」

 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<全四十五話にて完結済>

第一話  ロスト・イン・コミュニケーション

「あの、すいません。面接、何時からですか?」

 神保町にある出版社の会議室にて、新卒採用面接の自分の番が来るのを待っていたボクは、同じく横で待っていた女子学生に話し掛けられた。他の就活生と同様に黒髪を後ろで束ねていたが、メイクが少し濃いなと思った。

「えっ、あっ、十一時からです」
未だに女子と話すことに緊張するボクは、テンパりながらもなるべく素っ気ない感じで答えた。
「じゃあ、私の前の回ですね。緊張しますよね。」
ちょっと慣れ慣れしい感じで彼女は言った。

 もし同じ面接だったら事前に学生同士で多少仲良くなっておき、面接で自分がやり易い空気を醸成することが狙いだったとしたら、その思惑は外れたのだなと意地の悪いことを思った。内定のためにできることは用意周到に何でもやるような器用な学生は正直苦手なタイプだ。

 そして、この時はこの瞬間が、ボクに約十年間に渡る恋愛トラウマを与える江波麻衣子との「運命的な」出会いになるとは知る由もなかった。

 時間を少しだけ遡る。都内の私立中高一貫の男子校に通った後、受験に失敗したボクは浪人生として池袋の予備校へと通った。同じ予備校には高校時代の同級生も数人いたが、皆で授業をサボってパチスロに興じていたため、今年こそは大学受験を成功させたかったボクは彼らと距離を置き、一人で行動した。かといって、授業以外の時間もずっと勉強していた訳ではなく、ジュンク堂で音楽・映画評論や小難しい現代思想・哲学の本を探したり、小山田圭吾も通ったというマニアックな品揃えで有名な神保町のレンタルCDショップ『ジャニス』でヒップホップ、テクノ、エレクトニカ、ノイズ、現代音楽などのCDを借りてはCD-Rに焼くということを繰り返したりした。授業には真面目に通ったお陰で、希望の早稲田大学に合格することができたが、浪人中の一年間は両親以外とほとんど会話することもなく、すっかり孤独を拗らせていた。

 入学シーズンとなり、日本で一番サークル活動が盛んとも言われる早稲田のキャンパスは、サークル勧誘を行う学生と勧誘されたい新入生で大変に賑わっていた。ボクが入学した1990年代後半には、携帯電話が普及し、PHSを含めると学生のほぼ全員がいずれかを持っている状況で、至る所で得意げにケータイの連絡先を交換し合っている様子が見られた。しかしながら、浪人中に孤独を拗らせた末、「自分は他の奴らとは違う」という根拠の無い選民意識に侵されていたボクは、ケータイを持たないと頑なに心を決めていた。

 当時も新歓コンパでケータイを持っていない学生は「変人」と見做された。先輩や新入生同士で連絡先交換する流れになったとしても、ケータイを持ってないことを告げるとそこで会話は終了し、決して固定電話の番号を聞かれることはなかった。それでもどこかのサークルに入りたいという気持ちがあったが、そんな歪んだ自意識を持ったボクが納得できるようなサークルを見つけるのは容易ではなかった。

 最終的に、今年新たに音楽サークルを立ち上げたという、いかにもサブカル好きと言った空気を全身に漂わせた文学部の三年生と出会い、唯一、実家に連絡して来てくれた気持ちに応える形でそのサークルに入ることにした。

 そのサークルは、部員は部長以外は新入生5名、全員男だった。部長から打ち込み系の音楽サークルと聞いていたので、てっきり電気グルーヴやスチャダラパー好きと仲間になれることを期待したが、そのほとんどはTK=小室哲哉もしくは浅倉大介の信望者で、全く音楽的な趣向が合わなかった。さらに実際入ってみてわかったのは、部長含めてテニサーなどの他サークルと掛け持ちしており、ココしか所属してないのはボクだけだった。初めこそ飲み会が数回開かれたが、みんなメインのサークル活動が忙しく、次第に活動はフェードアウトしていった。結果、ボクは大学内にろくに友人もでき無いまま孤独なキャンパスライフを過ごすことになった。

 また、男友達以上に女子との関係は深刻で、男子校六年間と浪人生活で、すっかり女子との接し方がわからなくなっていた。初めてのバイト先であるDPE(写真現像サービス)ショップでは、見た目こそギャルっぽい女子といつも二人のシフトだったが、相手もゴリゴリの女子校出身者で内面を拗らせており、業務上の会話以外は全く会話ナシという悲惨な有様だった。そんな調子で、彼女を作るなど遠くの国の話であった。

 キャンパスで仲間と過ごし、高田馬場の居酒屋で馬鹿話したり、かと思えば急に熱くディベートしたりするような青春も、彼女と部屋でダラダラして授業をすっぽかしてしまうような青春もなかった。悲しいことに代返もノートを借りることもできないため、授業には真面目に出席せざるを得なかった。とはいえ学生らしく勉学を励んだわけでもない。そんなこの世に生まれて以来、最もつまらない日々をぼーっと過ごし、気づけば二十一世紀を迎えて、就職活動シーズンを迎えていた。学生達にとっては楽しい学生時代の終わりを告げる通過儀礼としての就活だが、感覚的にはまだ何も始まってすらいないボクにとっては、全く受け入れ難い事実を突きつけられた状態だった。

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 話は神保町の出版社の面接開始時刻の五分前に戻る。

「お一人来てないので、江波さん、前のグループに一緒に入ってください」
面接を取り仕切る社員らしき人がそう告げると、ボクと江波麻衣子ともう一人の男子学生の三人が一緒に面接を受けることになった。

 面接ではボクと江波麻衣子は同じ大学に通っていることが判明した。そんな中、ボクは「学生時代に熱心に取り組んで来たこと」の質問に、高校の友人であるサトルと組んでいたラップグループの活動について話をした。ボクが唯一と言っていいほど自主的に行動し、自信を持って話すことができる持ちネタだった。

「へー、ラップ?珍しいね。じゃあ、ちょっとここでラップやってみせてよ」
と面接官が振ってきた。

 印象を残す絶好のチャンスだったかもしれないが、この期に及んで、面接で全力を出すことよりも羞恥心と謎のプライドが勝ってしまったボクは、
「今ですか?いや〜、ちょっとここではできないです(笑)」
と言った。その瞬間、面接官がボクへの興味を失ったことが表情から読み取れた。

 面接終了後、もう一人の男子学生が次の面接があると足早にその場を去り、ボクと江波麻衣子は自ずと二人で帰る流れになった。麻衣子は神保町に住んでいるとのことだった。ボクはこれから隣駅の九段下にあるチェーン系カフェでバイトの予定だったが、まだ時間があった。彼女が帰る方向はわからないが、今のところボクが歩く方向と同じようだ。さすがに奥手なボクも、これはお茶でも誘うべきタイミングに違いないと思い、勇気を出して彼女を誘った。二人はボクのバイト先から五分と離れてない別のチェーン系カフェに入った。

 レジでコーヒーを注文して二階の席に着くと、
「ちょっと、灰皿とってくる」
と言って、麻衣子は螺旋階段を一階に素早く駆け降り、また灰皿を持って勢いよく駆けあがってきた。
「ごめん、お待たせ!」
初対面の相手であるという理由からとは思いながらも、こちらに対して待たせないように気を遣ってくれたことが少し嬉しかった。
「全然、大丈夫!」

 目の前に座った彼女は、束ねていた髪ほどいて、シャツの一番上のボタンを外し、ゆったりタバコを吸い始めた。緊張感から解放されてとてもリラックスした様子だ。お互いあまり他人に見られたく無い面接中の自分を見られているせいか、既に間の壁が一枚無くなっているように感じた。普通の学生のようにキャンパスで就活中の女友達と会話するような機会の無いボクは、リクルートスーツ姿でリラックスした女子がもたらすギャップに少しエロさを感じ、それがバレ無いように平静を装った。

「俺、早稲田に友達全然いないから、話せて嬉しいよ」
「私も全然いない。サークル二つ入ったけど直ぐに辞めちゃったし。友達と言える人、二人しかいない」
「いや、二人いるんでしょ?俺なんてゼロだよ。勝ったね」
「それ、何の勝負?(笑)」
「孤独比べ(笑)」

 彼女が学生生活を謳歌してるタイプじゃないとわかると親しみを感じた。ただ、就活に関しては、マスコミ一本に決め打ちしているボクとは異なり、マスコミ以外にもメーカーや金融まで幅広く受け、OB訪問なども積極的に行なっているようだった。文化服装学院にダブルスクールで通うほどファッションが好きで、就活の本命は外資系のファッションブランドらしい。明らかに自分よりもしっかりしていて、着実に目標達成に向けて準備している姿と自分を比べ、自らのフワッとした将来設計に少し情けなくなった。孤独さを比べている場合ではない。

 話上手な彼女のおかげで会話は盛り上り、あっと言う間にバイトに行く時間がお訪れた。二人とも来週開催されるレコード会社の説明会に行く予定であることが分かり、一緒に行くことを約束してケータイのメアドを交換した。ちなみに、新入生時代にケータイを持たずに友人ができなかったボクだったが、二年生の頃にはそのことを激しく後悔し、あっさりケータイを買って使いこなしていた。あの時の頑なボクが何だったのか、自分でも理解ができない。

  カフェの前で彼女と別れ、初対面の女子とスムーズに会話を楽しめたことに軽い達成感を感じつつバイト先へ向かった。

 数日後、説明会の待ち合わせ場所と時間を伝えるべく江波麻衣子にメールを送った。しかし、一切返信がないまま説明会当日を迎え、結局一人で参加した。会場で彼女を見かけることもなかった。ボクは「やっぱり女って本心わからなくて怖いな」という想いを一層強固にしたのだった。

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Photo by Yanpacheeno 

次回「第二話 ビフォア・ミッドナイト」は 11月5日(木)更新予定



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