[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第六話:ナイトメア・ビフォア・クリスマス」
第六話 ナイトメア・ビフォア・クリスマス
初デートから半年が経った十二月、麻衣子といつものように深夜の長電話。既に三時間以上経過している。たった今は「好きな食べ物ベストスリー」を、一つずつに二十分以上掛けながら、何故好きか、どれほど好きかを発表し合っていたところだ。ボクの一位が「メンチカツ」であることに「小学生?」と麻衣子は笑いながらツッコミを入れた。それが終わると今度は「好きな甘いモノベストスリー」の発表を続けた。そんな子供の頃から何度も擦り倒したような話でも麻衣子とはまるで生まれて初めて誰かに話したかのようで心の底から楽しかった。
会話の途中、麻衣子がタバコの煙を吐く「フウッ」という音が聴こえる。ボクはそれが麻衣子がボクに心を許してくれてる証拠のように感じられて嬉しかった。
「チャーラララー、チャーラララー」
受話器の向こうから少し間の抜けた電子音で中華風の音楽が流れる。そのチープな音色とメロディには馴染みがあった。
「今のライターの蓋を開けると出る音でしょ?毛沢東の絵が描いてあるライター」
「そうだよ!なんで分かったの?」
「俺も中国へ旅行した友達からもらった(笑)」
「アタシももらったの!凄い、偶然!」
些細なことではあるが、ボクはまた麻衣子との出会いは運命であるという想いを強くした。
「この前『水曜会』で京都まで行って来たよ。『ドリーム号』に乗って、途中で名古屋の健康ランドのベンチで寝たりしながらね。お揃いの『新撰組』Tシャツ着て、レンタルしたチャリで京都の街中を疾走して。ダサかったな、アレ(笑)」
「その仲間達との遊びいつも楽しそうね。今度、アタシも合流したいな」
「合流したい?楽しいかなあ?じゃあ、タイミング会えばね。」
いつも『水曜会』の話をするので、麻衣子も興味を持ってくれたみたいだ。しかし、完全なる男子校ノリの『水曜会』に、まだ曖昧な関係の麻衣子を投入するのは少し怖い。それとなく話を逸らし、ずっと切り出せていない今日の本題について切り出すタイミングを伺っていた。
ボクと麻衣子は気が合う二人であることは間違いはずだが、カップルとして付き合っているとは言い難かった。とはいえ、気持ちがわからないまま告白して関係が終わってしまうのも怖い。麻衣子と過ごす時間は、父の病気とボクの見えない将来で憂鬱な日々に差す希望の光だからだ。この関係が終わってしまうリスクを冒すくらいなら、このままの関係をずっと維持する方が良い。
そんな関係を続ける中、クリスマスが近づいて来た。クリスマス・イヴに会えるかどうかは、ボクらが付き合う方向に向かって歩いてるかどうかのリトマス試験紙になる。どう考えてもロマンティックにならざるを得ないイヴを一緒に過ごしたなら、その夜に麻衣子の家に泊まる流れもあり得るかもしれない。その約束を取り付けることが今日の長電話の本題だ。
「もうすぐクリスマスだね」
「そうだね。今年も終わっちゃうね」
「クリスマスとかって楽しかったことないな(笑)」
「アタシも同じだよ(笑)」
「そうなの?意外だな」
「そんなもんだよ」
「じゃあ、今年のイヴとかって会えたりする?」
「多分大丈夫だよ。ただ、もしかしたら大阪に住んでる姉ちゃんがウチに来るかもだけど、それがなければ会えるよ。わかり次第連絡するね」
「そっか、じゃあ連絡よろしくね!」
予定は決まらなかったが、生まれて初めてイヴに女子を誘ったことへの達成感があった。そして、麻衣子がボクの誘いを自然に受け入れたことにも安堵した。
「クリスマスの前に『水曜会』で集まる時があれば誘ってよ」
「そんなに会いたい?」
「うん、会ってみたい。紹介してよ」
「わかった。来週も集まると思うから連絡するよ」
『水曜会』に呼ぶのは心配だったが、イヴに会えるかも知れないという高揚感で思わず承諾してしまった。また、麻衣子が積極的にボクの友人に会いたいのは、付き合うかもしれない相手の人間関係をよく知っておきたいというポジティブなメッセージと受け取りもした。
翌週、『水曜会』で渋谷に集まることになり、当日に麻衣子にメールをした。心のどこかで断られることを願ったが、「今日は内定式があるけど、その後なら行ける」と返事が来た。麻衣子は大手メーカーの内定が出たことで、本命だった外資のファッションブランドにはエントリーしていなかった。「安定を選んだ」という麻衣子の選択は少し意外に感じ、自分もまだ知らない麻衣子の側面を垣間見た気がした。
内定式終わりの麻衣子は、初めて面接試験で会った時以来のリクルートスーツ姿で、髪もすっかり黒に戻っていた。
「こちらマイちゃん」
「マイコです。はじめまして」
「あっ、どうも、、、」
『水曜会』のサトル、シモマツ、リョータは小さな声で挨拶を返した。不安な気持ちが込み上げてくる。
先を歩く三人の後ろをボクと麻衣子が付いていき、駅前のマックに向かう。
レジに並んでいると、目の前でシモマツとリョータが耳打ちして何かを話している。それに気が付いた麻衣子が苦笑いをしながらボクに話し掛ける。
「アタシのことかな。こういうの良く無いよね(笑)」「何かごめんね、、、」
想像していた以上に残念な展開が繰り広げられている。麻衣子を連れて来たことを早くも後悔していた。
席に座ると『水曜会』三人は自分達だけで会話を始めた。麻衣子は持ち前の高いコミュニケーション力で何とか横から相槌を打ったりしいていた。ボクはこの状況をどうすることも出来ずただ黙ってしまった。
やっぱり会わせるんじゃなかった。サトルの同級生の色男で、女性の扱いに慣れているショウを連れて来るべきだった。
麻衣子がトイレに立った隙に、シモマツとリョータにさっきのひそひそ話について問いただした。
「あれか。前に並んでた客の胸元がムッチャ開いてて谷間見えそうだなって話してた(笑)」
「なんだよソレ。紛らわしいことすんなよな。しかも全然話し掛けないし」
「フツーに緊張しちゃって話せないんだよ。俺らいつも男だけだろ」
「それはそうだけどさ」
麻衣子が戻って来たタイミングで店を出た。朝が早かったので今日は帰るという麻衣子に合わせてボクも一緒に帰ることにした。何とか今日の出来事をフォローしたかった。
「今日はなんか悪かったね」
「大丈夫。アタシこそ邪魔しちゃって悪いなと思って」
「それはないよ。あいつらが気が利かな過ぎなんだよ。ホントごめんね」
半蔵門線の三人掛けシートに座ったボクらは、隣の会社員のおじさんが足を広げて座ってるせいで少し窮屈でお互いの肩が密着していた。ボクのことは受け入れてくれているような気がした。
「来週クリスマスだね。お姉ちゃんは来ることになりそう?」
「それがまだわかんなくて。ごめんね」
「そっか、引き続き待ってるね」
イヴに会えることになったらどこへ行こうか。経験が無さ過ぎて良いアイデアが思い付くはずもなかったけど、今度こそショウに相談するのが良いかもしれない。イヴまでの一週間、そんな妄想をしながら連絡を待ち続け、「センター問い合わせ」を一時間置きに繰り返す日々が続いた。
イヴの前日。
麻衣子からメールが来た。恐る恐るメールを開くと「やっぱり、お姉ちゃん来るみたい。お昼なら会えるけど、どうする?」とあった。
最初に感じていた違和感、姉が家に来るという理由で男からのイヴの誘いを断るということが意味するところを考えたが、どう考えてもポジティブな要素はなかった。
「お昼だったら会わなくて大丈夫」
しばらくして、「ホントごめんね、また別の日に遊ぼう」と返信があった。
自分は機嫌を損ねているということを暗に伝えたくて返信をしないつもりでいたが、一時間も我慢できずに「わかった!またお願い!」と返したのだった。
Photo by Yanpacheeno
次回、第七話は12月10日(木)更新予定