[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第三話:キッズ・リターンができなくて」
第三話 キッズリターンができなくて
「今から白山ラーメン食べに行かない?二人の家の中間地点で待ち合わせして、チャリンコデートしよ!」
もうすぐ二十四時を回ろうとする頃、突如、麻衣子から電話があった。
麻衣子の住む神保町とボクの住む巣鴨は白山通りで繋がっており、チャリだと三十分くらいの距離だ。渋谷で会って以来、麻衣子への想いを募らせていたボクは突然の誘いに喜んだ。そして、麻衣子が「チャリンコデート」と発言したことを聞き逃さなかった。これは正真正銘の「デート」なんだ。。。
二十分後に中間地点にある大型スーパーの「オリンピック」の前で待ち合わせることにして電話を切った。ボクは普段はチャリに乗らないので、母のママチャリを借りるつもりだったが、いざ家の外にチャリが見当たらない。母は頻繁に駅前にチャリを置きっ放しで帰って来る。既に眠りについている母に憤りつつも、気を取り直して白山通りまで出てタクシーを探す。車の通りが少なく、なかなか来なくてヤキモキしたが、ようやく現れたタクシーを捕まえて待ち合わせ場所へ急ぐ。
シャッターが下りた閉店後の「オリンピック」の前で、スリムパンツの麻衣子が颯爽とチャリに跨っていた。
「てか、チャリじゃないんだ?」
「チャリの当てが外れてタクシーで来た(笑)」
「そっか。じゃあアタシのチャリで二人乗りする?」
全くもって予想外の提案に戸惑っていたが、平然を装って
「そうだね。そうしよっか」と棒読みで応じた。
麻衣子はチャリを降りると、当然とばかりにハンドルをボクに譲った。ボクがチャリのサドルに座り、麻衣子は荷台に跨る。ボクはペダルに乗せた右足を思いっきり踏み込む。ところが、想像以上に足への抵抗があり、ペダルが思うように動かずスピードが出ない。すると、バランスが取れずハンドルを持って行かれ、グワングワンとチャリの頭が左右に揺れる。最後の折り返しで勢いがつき、そのまま車道に突入しそうになったところで何とか急ブレーキを掛けてチャリは止まった。
思わず麻衣子が声を上げた。
「ワァッ!!ちょっと危ないからやめとこっか。(笑)」
「そうだね。。。チャリ乗ること自体が久々だったから、さらに二人乗りとなるとハードル高くて。。。怖かった?ごめん。」
「ううん、大丈夫(笑)」
久々にチャリに乗ったのは事実だが、ボクがリュックを背負ったままだったため、麻衣子もリュックを持つ他になく、重心が安定しなかったという要因が大きかった。リュックを前のカゴに入れ、麻衣子にはボクの胴に手を回してもらうということがスムーズにできない自分が憎かった。もし、それができたら身体的な距離が縮まると同時に精神的な距離もグッと近くなったかもしれないというのに。
結局、チャリを手で押しながら「白山ラーメン」へ着いた。店外の歩道に並んだテーブルには中年のサラリーマン二人組がラーメンとビールで盛り上がっていた。ボクらもテーブルに座る。ボクはラーメンを啜りながら、「深夜に近所で女子とラーメンを食べる」という非日常的なシチュエーションにデートっぽさを感じていた。
夏の終わりの生暖かい夜風が吹き、横に座っている麻衣子から、嗅いだことのない甘い香りがした。それは経験値の無いボクにも分かりやすく女性的な香りだった。
「白山ラーメン」を後にしたボクらは「ジョナサン」に入り、前回に引き続き好きな映画・音楽・マンガなどのカルチャートークを繰り広げた。ボクが詳しい音楽、麻衣子が詳しいマンガ、そして二人共に好きな映画やお笑い、共通点が多い二人だからこそお互いに違う部分が見つかると一層盛り上がった。特に、富山生まれでダウンタウンや天然素材で育った麻衣子と東京生まれでとんねるずや爆笑問題で育ったボクとは意見が異なることがあり、ムキになった振りをして激論するのも楽しかった。ちなみに、麻衣子は中学生の頃にチュパチャップスの宮川大輔にファンレターを書いた過去があることを恥ずかしそうに告白した。
ボクらはカルチャーの話だけでなく自分の話もした。麻衣子は先週、大手電機メーカーから内定が出て、本命の外資系アパレルは受けるものの、その他の就活は一旦終了するとのことだった。ボクは一つも内定を取れていないことに焦ることよりも、麻衣子の就活が落ち着いたことでこれから二人でたくさん遊べるのではないかという淡い期待を膨らませた。
止めどなく話をしている内に空が明るくなり、「ジョナサン」の前で別れて、それぞれ反対方向に向かって、麻衣子はチャリで、ボクは歩いて帰った。
「ジョナサン」でのトークを一通り反芻しつつも、リュックを下ろさずに二人乗りを試みた気の利かない自分を恨んだ。
Photo by Yanpacheeno
次回、「第四話 恋するリボウスキ」は11月19日(木)更新予定