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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第四話:恋するリボウスキ」
中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>
第四話 恋するリボウスキ
「髪染めたんだ?赤?」
「そうなの。就職するまで好きな色にしておきたいなと思って、赤くしてみた」
「カッコいいね。スゲー似合ってる。『フィフス・エレメント』のミラ・ジョボビッチみたい」
「あれは赤っていうよりオレンジでしょ?」
「じゃあ『ラン・ローラ・ラン』の走ってる子」
「アハハ、あそこまで明るい赤ではないけどね。でも、そういえばあの子って何で走ってたんだっけ?」
「実はオレ、あの映画観てないんだ。観た気になってたけど(笑)」
麻衣子の誘いで東京ドームシティ内にあるボーリング場へ行くことになり、JR水道橋駅で合流したボクらは東京ドーム方面へと歩いていた。ボクが期待していた通り、就活が落ち着いた麻衣子から「今日、空いてる?」という突然の誘いが週一ペースで来ていた。言わずもながだが、女子と二人でボーリングに来るなんて初めてのことだ。
ボーリング場へ着き、指定されたレーンへ行くと、ボクらのレーンの対面は大学生風の男女六人が楽しんでおり、誰かが決めたストライクにみんなでハイタッチして盛り上がっていた。いかにも平均的な大学生然とした彼らを一瞥した後、目の前では麻衣子が屈んでボウリングシューズに履き替えている。赤髪ショートだが、ただ奇抜というわけではないセンスを感じる。そして、そんなハイセンスな女子と一緒にいることが満足気だった。華のキャンパスライフをとことん素通りしたボクが、最後の最後になって追い求めていたものに辿り着けた気がした。
「その靴ってPUMAなんだ?」
「あっ、パンプス?そうだよ、何で?」
「いや、どこかのファッションブランドの靴に見えたから意外だった」
「そうかもね」
「普段、ファッション誌とか何読んでるの?」
「ん〜、色々読むけど、いつも買うのは『VOGUE』と『SEDA』かな」
両誌共に読んだことは無かったが、モード系とストリート系の雑誌であることは知っており、そのバランス感覚にやはり特別なセンスの持ち主だなという認識を強固にした。これ以降、「モード系とストリート系をミックスした遊び心のある大人のスタイル」がボクにとっての理想の女性ファッション像となった。
ぼんやりとそんなことを考えている間にゲームが始まり、早速、麻衣子がスペアを取った。ボクはぎこちない感じで「お〜!」とリアクションを取りつつ、こちらに戻って来る麻衣子の動作から、ハイタッチしようとする気配を慎重に読み取ると、椅子から中途半端に腰を上げてソフトに手を合わせた。麻衣子の手のひらはクリームパンみたいに丸々としたボクの手とは対照的に細く、指は長かった。感覚が研ぎ澄まされたボクの手のひらは、その細かい皺の感触まで感じ取ることができた。
麻衣子が「飲み物を買ってくる」と席を外すと、一人になって集中力が切れてスペアを取り損ねた。麻衣子が自販機からコーラのペットボトルを買って戻って来流。
「喉渇いたなー」
「アタシの飲んでいいからね」
「あっ、大丈夫。オレも買って来るよ。たっぷり飲みたいし」
自販機に向かいながら、自然な形で親密さを表現してくれた麻衣子の提案を、咄嗟の「間接キス」シチュエーションに動揺するあまり、全く本心ではない理由で断ってしまったことを後悔した。コーラを自販機から取り出す頃には、もはや全然飲みたくない気分になっていた。
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ボーリングを終えて、神保町の『ヴィレッジヴァンガード』に行き、漫画コーナーを見て回った。ひとしきり棚に並ぶ漫画に次々とコメントしながら、結局何も買わなかった。
「アタシのオススメの漫画をいくつか貸すよ。つげ義春先生の初期短編集と林田球先生の『ドロヘドロ』」
「『先生』付けるんだね、リスペクトの意識凄いな(笑) ありがと、じゃあ、オレは『バカドリル』シリーズを貸すよ」
「次会う時に持ってくるね。ウチに漫画たくさんあるから、今度好きなの持ってっていいし。将来、貸本屋やりたいと思ってるくらいだから」
「いいの?でも、貸本屋って今の時代に逆に新しいな」
「実家の近くに昔からやってる貸本屋があって良く行ってたのよ」
「そうなんだ。でも、本棚はいつか見てみたいな」
麻衣子の部屋にいる自分の姿を妄想したが、実際はあまり想像できなかった。
「そういえば、何て呼んだら良いかな?今更だけど」
「アタシのこと?そうだよね、名前呼ばないなって思ってた(笑)」
「バレてた(笑)みんなに何て呼ばれてる?」
「マイコか、マイちゃんかな。どっちでも良いよ」
「じゃあ、、、マイちゃんで、、、」
六年間の男子校生活で女性が遠い存在となってしまったボクには、女性を呼び捨てにするなんてできない。でも、「マイコ」と呼ぶことを麻衣子が許容してくれていることが嬉しかった。
経験不足からスマートなエスコートがろくに出来ず、一向に距離は縮まらないものの麻衣子と過ごす時間は堪らなく幸せだった。次第に悪化していく父の病状と進路の決まらない自分の不安な気持ちを、その間だけは忘れることができた。
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Photo by Yanpacheeno
次回、「第五話 ミッドナイト・イン・神保町」は11月26日(木)更新予定