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息子が少年野球チームに入ったら人生変わった VOL:1 金曜の夜
金曜日の夜は「1人で酒を飲む」と決めている。会社では総務部署に所属しており、接待や打ち合わせなどの会食はほとんどない。その代わり上司や同僚から「今日はゆっくり飲めるよな」と会社付近の居酒屋に誘われる。それも嫌いではないのだが、最初は時事ネタやゴルフなどの雑談をしていても、酔いが回ると仕事の話になる。これだと休日に向けて気持ちのリセットができず、土曜の朝にモヤモヤした気持ちが続き、「夕べ、何か余計なこと言わなかったかな」などと振り返る時間も出てくる。休みに集中できないのだ。
だから休日前夜は1人で好きな店へ行って好きなものを食べて飲み、すっきりして帰宅すると決めた。ここでリセットし、土曜の朝は休みモードで起床。のんびりやの妻、小学3年生の長男、そして年長の次男と、のんびり過ごす。みんなで布団の中でダラダラしたり、子どもたちと公園で遊んだり、買い物や外食をして楽しむ。「幸せだなあ」と感じるし、そんな週末を過ごすと力が出てくる気もする。金曜の独り飲みからのルーティーンは欠かせないものになっていた。
あの日までは…
1月のある金曜日、仕事を終えると地下鉄の日比谷線に乗って茅場町へ行き、隅田川沿いにある居酒屋Mに入った。昭和の匂いがする値段の安い店で、川に面した座敷はいつも団体客で賑わっているが、カウンターはほとんど客がいない。熱燗2合と180円の冷や奴を頼み、歴史小説を読みながらのんびりと過ごした。酔いが回ってくると文字を終えなくなるので、本をしまい、ボーッと考えごとをする。最初は仕事を思い浮かべ、「あれもやらなければ…」「これもやらないといけない」などと焦りも生まれるのだが、一杯また一杯と飲むほどに、それも麻痺してくる。いつの間にか、頭の中は家族と過ごす週末のことでいっぱいになる。
熱燗をもう1本飲もうか、そう思ったときスマートフォンにLINEが届いていると気付いた。妻からだった。
〈あした休みだよね?〉
子どもがどこかに遊びに行きたいとせがんだのだろうか。それとも買い物かな… いずれにせよ楽しい週末の幕開けに思え、急いで返信した。
〈休みだよ~ どこかに行く?〉
〈前に話したけど、野球チームに挨拶行きたいから一緒に来てね〉
そういえば長男がクラスメートに誘われて「野球をやりたい」と言い出したと聞いた。ほとんど運動経験がない私は野球にまったく興味はないが、まあ普通の男の子なら一度は通る道だろう。そう思って賛成もしていた。何よりクラスメートに誘われて…というのがいい。友達と一緒に過ごす時間は貴重だし、体を動かすのも健康的だと、歴史オタクとして生きてきた私にも分かる。
スタンプで「OK」と送った。
〈ありがとう。じゃあ休みに悪いけど、7時に起こすね♡〉
えっ? 7時? 何で?
酔いが回った頭では即座に状況を把握できず、1時(いちじ)と打とうとして7時(しちじ)になっちゃったのかな…などと思い、よく分からないままに熱燗をもう1本頼んだ。
帰宅は夜10時過ぎになり子どもは2人とも寝た後で、妻はリビングでアイロンをかけていた。
「休みに早起きさせてごめんね。どうしても野球をやりたいというから代表の方に説明も受けて、入団することに決めたの」
「それはいいよ。でも7時起きって何時から練習するの?」
「明日は上級生チームが8時から遠征に行くから監督さんには、その前に挨拶したいの。下級生チームは9時から練習」
「そうなんだ。じゃあ、監督さんに『息子が入団するのでよろしくお願いします』って言えばいいんだよね」
「そう… 選手のお父さんが監督、コーチを務めるチームだから、コーチに誘われると思うけど…やらないよね?」
「やるわけないじゃん! 野球なんてやったことないよ。ルールも分からない。プロ野球で知っている選手だって松井秀喜だけだよ」
「うん、それは代表の方にも言ってある。『うちの主人はスポーツしません』って。だから大丈夫だと思うよ。たまに遠征で車を出してもらうかもしれないけど」
「それぐらいやるよ。応援にも行くしね。家族みんなで応援に行くのも楽しいじゃない」
「そうだね」
妻は車の運転免許を持っておらず、我が家の運転手は私しかいない。もちろん、そのぐらいの手間を惜しむつもりはない。会話はそこで終わった。
風呂上がりにビールを飲みながらテレビを観ていたら、妻は「明日はお弁当も作るから先に寝るね」と寝室へ行った。弁当持参ということは、午後も練習なのか… 明日は長男と遊ぶ時間がないな。でも、明後日の日曜日にたっぷり遊べばいいか。
そんなことを考えていた。今振り返れば、本当に何も分かっていなかったのだと痛感するばかりだ。(つづく)